the angel


第三章 最悪の同居人T


   まず最初に感じたのは、頭部の激しい痛み。

 まるで脳が揺らされているよう。

 しかし、その痛みによってようやく気付く。

 真っ暗。

 それは当然、目を瞑っている。

 目を、開けなくちゃ・・・


「あ、起きた。」

 聞き慣れた声。

 日は暮れたらしい。差し込んでくる西日に光に目が慣れず、よく見えないが声の主は解った。

「私・・・どうしたの・・・・?」

 揺れるような頭を抑えながら、私は声の主に尋ねる。

 どうやら寝かされているらしい、身体が横向きになっている。

 この感覚もよく知っている。

 家の、ソファだ・・・
「お姉ちゃん町中で倒れてたんだよ、覚えてないの?」

 すぐ側に聞こえる声は、私の全く予期していなかった言葉を返した。

「なに・・・それ。冗談言わないでよ、モモ・・・」

 声は妹、桃香のものだった。まだ幼い彼女を諫めるように言うと、少し向こうからこれもまた聞き慣れた声が聞こえてきた。

「あら、嘘じゃないわよ。全く、年頃の女が道端で寝てないでよね、恥ずかしい。」

 高めで、人に媚びるような声。間違いない。姉、椿のものだ。

 声の感じから、姉もすぐ側にいるようだ。

「姉さんまで・・・じゃあなに?私本当に倒れてたの?」

 眩しさに目が慣れてきた私は、ゆっくりと目を開けると共に上体を起こす。

 私たち三人は、全員リビングにいたようだ。

「ほんとだよ、モモ嘘つかないもん。」

 まだ小学生の妹が頬を膨らませている、もすぐに賑やかな色と音を発するテレビに視線を戻した。

 栗色の髪を二ヶ所にまとめているその少女の顔つきは、私たち家族のそれであるがまだまだ幼い。桃香のふてくされた顔は微笑ましいものだった。思わず笑みが漏れる。

「笑う元気があるならもう大丈夫よね、ならいい加減着替えてきたら?」

 ボブカットの黒髪を手でかき上げながら、ファッション雑誌を眺めている姉は言う。

 その言葉で改めて自分の格好を見てみると、まだ制服を着たままだった。

「あ、うん・・・そうね・・・」

 釈然としないものを感じながら、私はゆっくりと立ち上がるとリビングを出た。

 まだ少し痛む頭を抑えながら、一段一段と階段を登り、二階に着く。

 そこは見慣れた場所のはずなのに、違和感が私の中で生まれる。

 不思議なことに、普段使われていない一番奥の部屋のドアが開いているのだ。

 そして、そこからは人の居る気配。

(なに・・・?)

 ゆっくりと近付いて、中をそっと覗く。

 部屋の窓は開いていた。

 ほのかに桜の香がする風が、開かれた窓から吹き込んでくる。

 そして誰もいないはずの部屋に、金髪の男

 ・・・

 金髪の・・・男?

 ちょっと待って。なんでそんな奴がいるの?

 そして何故そいつは、押入から段ボールを引っ張り出し中身を改める必要がある?

 ・・・

 ・・・・・・

 泥棒、ね。

 そんな結論に至った瞬間、男がこちらを向いた。

(見つかった!!)

 と思った瞬間にはもう、私の身体は動いていた。

 上体を屈め、息を止めて一気に踏み込む。

 男から大股一歩分の所で腰をかがめ、前屈みの上体を後ろに倒し重心を移動させる。

 そして加速と重心移動から起こる遠心力に任せ、利き足の右足を軸に左足を振り上げた。

「ちょ・・・まっ・・・!!」

 泥棒が何か言いかけたが気にしている場合ではない。

 振り上げた足は大きな弧を描きながら男の頬にめり込む。

 インパクトの瞬間から目を離さないのは基本だが、その時初めて男の顔が目に入った。

 頬肉が顔の中心によったことで見るに耐えないくらいの不細工面だが、鼻筋の通った美形であることは認識できた。

 だがしかし、相手が美形だろうと犯罪者に容赦はしない。

 力任せに顔面に蹴りつけた足を、そのまま振り抜く。 

 私の左足が再び床に着くまで、男の身体は宙に浮くことになった・・・

 どっ。

「あがっ!!」

 鈍く、大きな音と無様な声。

 床に叩きつけられるように落ちた男はぴくぴくと痙攣を起こしている。

 自業自得ね。

 私がそんなことを思いながら男を見下ろしていると、先程の音に驚いたのか一階から二人が慌ててやって来た。

「ちょっと、何の音よ!!」

 姉が慌てて部屋に入ってくる。桃香は部屋の外からのぞき込んでいた。

「い、てててて・・・・」

 倒れていた男は痙攣が収まったのか、痛みを訴える声をあげた。

「ちょっと、何なの!?」

 倒れている男と私の顔を交互に見ながら、姉はヒステリックな声をあげた。

 パニックに陥っている、ここは私が冷静にことを運ばない・・・

「どうしたの咲君、誰にやられたのこんなこと!!」

 ・・・はい?

 姉は倒れた泥棒男の顔をのぞき込み、心配げな声をあげた。

「ちょ、ちょっと姉さんその人・・・」

 泥棒でしょ?

 私がそう言おうとしたときだった。

「えっ、何?聞こえない!!」

 姉の大声が私の声を妨げる。

 何か男が言っているようだ。耳を近づけている。

「そ・・・い・・・ろ・・・?」

 男の言葉を、どうやら姉が復唱しているようだ。

 何を言うつもり?

「『そこの色気のない女にやられた』・・・?」

 私の中で何かが切れた。

「喧しい!!」

 言うと同時に足は振り上がっていた。

 男の身体は再び宙を舞い、開いていた窓から外の世界へと飛び立っていった・・・




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