第二章 ほっぽり出された!!
「ひいっ、ひいっ、ひいっ・・・」
真っ暗な森の中を金髪の男が必死の形相で駆けてゆく。
整った顔立ちを無惨なほどに歪ませ、冷や汗と脂汗とあと普通の汗を全部いっぺんに出しながら。
・・・なかなか滑稽な顔だ。
遠く背後には大勢の治安維持隊が灯りを手に彼を追っている。
捕まるわけにはいかない。
幸い顔は見られていないはず。
彼女が俺を庇ってくれれば、俺だなんてわかりっこない。
逃げ切れ。
逃げ切るんだ俺!!
今捕まったら、今まで俺が積み上げてきたものが音を立てて崩れ去ってしまう!!
まだまだ組織の中じゃ若輩者なのに、俺は大出世してきたんだ。
ヒエラルヒーは上から三番目!!
少なくとも、そう少なくともあと一階級は上がれるチャンスが俺にはある!!
だから・・・
(こんな所で捕まってられるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)
男は欲望全開の不純な動機ながらも、持てる力全てを振りしぼって暗い森を駆けたのだた・・・
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
追っ手がいないことを確認しつつ、男はゆっくりと森を出た。
目の端にバスストップを捉え、彼は軽く喚起した。
湖沿いの公園から森に入り、ずっと走りっぱなしで彼の体力は最早限界に近かったのだ。
追っ手を捲けた事に安堵しつつ、近くに車の音を聞いてそれに導かれるように歩いてきたのが幸いだったようだ。
(街には・・・帰れそうだな・・・)
彼はふらふらとバス停まで歩くと、誰もいない待合い用のベンチに倒れ込むよう横になった。
「あ〜、しんどかった・・・」
「それはご苦労だったな。」
彼のよく知った男の声が待合い所に響く・・・
一旦引いたと思われた冷や汗と脂汗が、また一気に吹き出してきた。
「・・・・・・」
男は絶句して何も言えないでいる。口をあんぐりと開けっ放しだ。
怖くて声の主の方を向けない・・・
「気分はどうだ、サクエル。久しぶりのマラソンだったろう?入官試験以来じゃないか?」
彼、サクエルの名を呼ぶその人物の声は穏やかそのものだったが、その裏に今当に爆発せんとする大いなる憤怒の念があることを、サクエルには感じられて仕方がなかった。
「まぁ・・・そうですね・・・たまには走るのも・・・悪くないですね・・・」
苦笑いを必死に作りながらサクエルは振り返る。
その目の前には、思った通りの恐れるべき存在が立っている。
大天使長、ミカエルその人だ。
「ほほう・・・」
サクエルが絞り出すようにして発した言葉を、吟味するように頷きながらミカエルが言う。
「ならば、サクエル・・・」
一歩サクエルに近づくと、ミカエルはサクエルの背に手を回し・・・
「ならばこの翼とエルの名を捨てて地獄にでも堕ちるか!?どうだ、座天使サクエルよ!?」
急に大声で叫んだかと思うと、ミカエルはサクエルの背の二枚の羽を思いっ切り掴みあげた。
「いててててっ!!」
無様な声をサクエルがあげるも、ミカエルはお構いなしになおも翼を引っ張る。
「執行人が手を下すまでもない!!私が直々にお前の翼を矧ぎ、大天使長の権限によってエルの名を剥奪しよう!!そして神の炎にて、お前に堕天の烙印を捺してやる!!」
そう言ったミカエルの体中を、金色の炎が包む。
ミカエル。
ヒエラルヒー最高位の熾天使であり、四元素を司る四大天使の一人。
司るは神の炎。浄化の火。
そして彼は全天使を率いる最高司令官、大天使長の肩書きを併せて持っていた。
つまり、サクエル如き座天使、上から三番目のヒエラルヒーでも全く頭の上がらない存在だったりする。
「あっつ、マジ熱い!!死ぬ、死ぬ!!」
ミカエルの火を肌すれすれに感じ、サクエルが情けない声を連呼し続ける。
じたばた手足を動かすが、翼を捕まれていて逃げられない。
そしてゆっくりとミカエルの炎を纏った手が伸びてくる・・・
「ま、待って下さい!!な、何でもしますから!!マジで!!何でも!!だから・・・だからなにとぞ堕天だけは勘弁を!!」
その言葉を耳にすると、急にミカエルはその手を離した。
あまりに急でサクエルは尻を強く打ち、悶絶する。
のたうち回るサクエルにずずいっと顔をミカエルが寄せてきた。
「『何でもやる』、と言ったな?」
にっこりと笑うその顔が、恐ろしく見えるのは気のせいではないはずだ・・・
「えっと・・・・多分・・・」
「多分!?」
ミカエルの眉間に皺がよる。
その表情は形容しがたいほど恐ろしいものだった。
きっと心臓の弱いご老人なら五回は死ねただろう。
「い、言いました・・・」
サクエルが背中から色んな汗を流しつつ何とかそう答えると、ミカエルは再びにっこりと笑って言った。
「なら、特殊任務を担当して貰おうか・・・」
「特殊任務・・・?」
サクエルの言葉に、ミカエルは地面を指す様なジェスチャーを返して言った。
「人間界でな。」
それから数時間後・・・
「こら、じたばたすんな!!」
「おかしい、絶対おかしいぞコレ!!」
「五月蠅い、さっさと入れ馬鹿!!」
「あっ、てめ今馬鹿言いやがったな!!覚えてろ、戻ってきたら絶対お前みたいな下級天使首にしてやる!!ソロネなめんなコラ!!」
だだっ広いドーム状の空間。
辺りは銀色一色で、床や壁は姿が映るほどによく磨かれている。
その空間の真ん中に、巨大な球体が一つ。それに沢山のコードが繋がっている。
その周りでサクエルと二人の大天使が口論を繰り返していた。
「こんなんで人間界行けって!?流石の俺も死んでしまうわ!!」
「五月蠅い、つべこべ言ってないでさっさと行け!!」
「お前等さっきからそんな言葉遣い・・・てめーら、階級は絶対だぞ!!覚えてろ!!」
二人の大天使達に球体に押し込まれるのを必死に耐えながらサクエルが罵声を飛ばし続ける。
「てか、てめーら今すぐ首!!首だ!!ウゼェウゼエ、消えろ!!今すぐ消えろ!!FUCKだ!!FUCK OFF!!」
天使らしからぬ汚い言葉を連呼し続けるサクエルに呆れたのか、大天使の一人が最後の切り札を用いた・・・
「今のお前は堕天使予備軍!!そんなヤツにどうこう言われる筋合いはない!!さっさと人間界へでもどこえでも行きやがれ!!それともミカエル様に羽を千切られたいのか!!」
その言葉、一瞬サクエルが躊躇した隙に、大天使達はサクエルに思い切りタックルをかます。
「おがっ!!」
サクエルはそのまま球体のなかに転がってゆく。
「さっさと発射してしまおう。」
「ああ。」
大天使達達は急いで球体側のコントロールパネルに駆け寄る。
「おい、コラ!!出せ、ここから出せ!!」
サクエルは球体のなかからどんどん叩いて叫ぶも、二人が気にする様子は微塵もない。
「スイッチ、オン!!」
大天使の一人が真っ赤なスイッチを勢いよく押した・・・
「うわ、ダッセ、ダッセー!!『すいっち、おん!!』だってよ、ダセ、ダッセ!!って、おい!!なんか・・・狭く・・・なってきてるんですけど・・・・あ、あの・・・き、キツイ・・・あ・・・が・・・・」
球体の内部に“何か”が流し込まれていっている。
それらによってサクエルの身体はこれでもか、ってくらいまで圧迫されていた。
「き・・・キツ・・・あ、あの・・・なんか・・・聞こえるんですけど・・・・きゅぃぃぃぃぃぃぃんって・・・ちょ、ちょっと待って・・・・し、死ぬだろこんな方法・・・」
サクエルが球体に顔を押しつけるようにして話している間に、準備は整った。
「発射。」
そう言って、もう片方の大天使が黄色いスイッチを押すと・・・
ガチャ
いきなり球体の底が開いたと思うと、充満していた“何か”が思い切りサクエルの身体を押し出した。
「絶対死ぬぞこの方法〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!!」
発射の勢いでその身体を輝かせながら、サクエルは勢いよく人間界へと落下してゆくのだった・・・
そして。
ゴツッ!!
サクエルの頭は人間界の少女に直撃する。
死んだのはサクエルではなくその少女の方であった。
それがサクエルと桜、二人のファーストコンタクトであり、サクエルの人間界で犯した最初の不祥事であった。
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