第一章 不幸は空から降ってきた・・・
長い黒髪が風に吹かれ、さらさらと上品な音を立てる。
穏やかな春の日差しを受けながら歩く少女の周りを、桜の花びらたちが舞うように散っていた。
細くスラリとした身体を包むのは、黒で統一されたセーラー服。
少女の肌の白さが、服とのコントラストでよく映える。
背まで伸びた髪が両の頬を隠すため、細い顎を際だたせていた。
目は切れ長で、睫はびっしりと生えそろい、長い。
眉もすっと一筆で書き上げたかのように、凛とした雰囲気を少女に与えていた。
青みがかった瞳。
高嶺桜。
この物語の主人公。
今年十七になる彼女は、高校の始業式から帰る途中であった。
季節柄、この時期人は浮かれがちだ。
別れの三月を過ぎ、出会いと新たな生活を告げる四月。
おそらく未だ教室に残っている同級生達は、これからの日々に胸をときめかせていることだろう。
しかし、桜はそんな気分にはなれなかった。
浮かれた人間や街を見ると腹が立ってしょうがない。
整った顔立ちを、苦虫を噛み潰したように歪ませながら早歩きに通りを歩いている。
(春は嫌いね・・・街全体が鬱陶しい・・・)
(大体こんな雰囲気だから変質者だって出るのよ。迷惑だわ・・・)
最近暖かくなったせいでよく出没するようになったらしい、変な人のことを思う彼女の回りには人影の一つも見えない。
街の中心にある公園を今歩いているのだが、こんな平日の昼間から外を出歩く人間は珍しいから仕方がない。
とはいえ、全く人がいないというのはそれもそれで珍しいことだ。
そう、偶然にも“誰もいない”はずの公園を、桜は歩いていた。
本人は全くそんなことには気付いてなどいなかったが。
(?)
ふと、視界に光のようなものを捉えた気がした桜は一旦立ち止まると、その細い顔を上に上げた。
桜吹雪が目前いっぱいに広がるが、そんなものに興味はない。
薄桃色のその奥、雲一つ無い空に桜は集中する。
しかし、先程見えたような光はそこにはなかった。
(・・・気のせいね。)
特に気にすることでもない。
彼女はそう結論づけ、早く家に帰ろうと再び歩を進めようとした時だった。
キィィィィィィィィィン・・・・・・
人間の耳には聞こえぬ高い“音”。
それが八方から響き出す。
聞こえはしないが、空気の震え、そして公園中から放たれる異質な雰囲気に桜は気付いた。
「なに・・・?」
辺りを見回しても、特に変わった様子はない。
ただ、自分のいるその場所の空気がやけに張りつめだしたことだけが、不確かながら感じられる。
「・・・」
周りの緊張にあてられたのか、桜は口の中に溜まった唾を飲む。
自分の鼓動が早まったの感じた。
(なに?)
もう一度、同じ問いを自分に問い掛けた。
その瞬間のことだ。
空が目映いほどに光る。
あまりの強い光に桜は目を細めた。
それでも手を翳し、光の方を向く。
ちょうど先程、桜が光りを感じた方向が、太陽を越える明るさで輝いている。
その光景に息を飲んだ桜の耳に、今度は低く唸るような音が確かに聞こえた。
ゴゴゴゴゴ・・・・
音は段々と大きくなり、それにつれて空の光も大きくなってゆく。
(落ちてきてる!?)
音と光から、桜の脳はすぐにその結論に至った。
なんだか得体の知れないものが、間違いなく落ちてきている。
逃げなきゃ。
しかし状況判断は驚くほど速くできた頭が、そんな簡単な命令すら全身に送れない。
奥底から沸き上がる得体の知れない感情に、身体が縛り付けられている。
固まったように桜の身体は動かない。
そうこうしている間に、謎の発光物は轟音を立て確実に落ちてきている。
それも、まるで桜めがけて突っ込んでくるかのように。
(このままじゃ・・・)
逃げるというサインを未だ発信できていない頭が、余計な映像をフラッシュバックさせる。
落ちてきた何かにぶつかり、潰れたトマトのようになる自分。
死。
その単語が頭に浮かんだ瞬間、背中に戦慄が走った。
(いや・・・)
もう桜の木程度の高さにまで発光物は落下してきている。
眩しさで目を開けていられない。
(死にたくない・・・まだ・・・)
目前に迫ってくる光。
確実な、死。
喉元まで出かかっていた悲鳴。
しかしそれがひいてゆく。
そして桜は自分の正しさを確信した。
(神様はこんな時ですら私を助けてはくれない。・・・神なんて、いない・・・)
自分の正しさを、いないと言いきる神に見せつけたかったのか。
桜は眩しさを堪え、意思を示すかのように目を見開いた。
目映い光。
その中に、彼女は天使を見た。
透き通る様な金髪に、しなやかな身体。
そして、純白の翼。
頭の中がひっくり返るようだった。
そして、割れるような痛みが一瞬だが襲いかかってきた。
しかしそれは当然だ。
ゴツッ!!
発光体は、勢いよく桜の頭に激突したのだから。
桜はその衝撃で意識を失いゆっくりと地面に倒れてゆく。
バタッ・・・
白目を向きながら、口から得体の知れないモノを出しつつ桜の身体は花びらの絨毯と化した公園の通りに横になった。
そして、発光体はと言うと・・・
「いっ・・・てててて・・・」
桜が先程まで立っていた場所、つまり発光体の落ちたところには、何故か金髪の男が頭をさすりながらうずくまっていた。
・・・しかしこの男。見るからに怪しい。
顔立ちは苦悶の表情で歪んでいるが、鼻筋は通っているし顔立ちは整っている。
女性と言われればそうとも思える程だ。
手でくしゃくしゃにされている髪は短い金髪で、自然なカールを巻いている。
体付きはうずくまっているせいで確かなことは解らないが、長い手足を見ればいかに長身かは推測できる。
引き締まっていることが服の上からでも容易に想像できるその身体は、桜に劣らぬほどに白い。
それだけ見ればいたって普通、いやなかなか見られないくらいの“いいオトコ”なのだが、彼からは如何ともし難いほどの怪しさがぷんぷんとしていた。
まず、その服。
真っ白な布を身体に巻き付けただけのような格好は、全く一般人からはほど遠い。
そして空から降ってきたということ。生きていたということも忘れてはいけない。常人ならば間違いなく死んでいる。
おまけに発光していた。デンキウナギじゃあるまいし。
そして。何よりもその背中から生えているモノ。
二枚の、白く大きな翼。
まるで彼の姿は、そう。
お伽話の“天使”のようだ・・・
「・・・・・っう・・・」
しこたまぶつけた頭の痛みが、ようやく少しは引いたのか。
彼はのっそりと立ち上がり、倒れたままの桜の方へ歩み寄った。
「おい・・・」
“天使”の外見に似合わず、やけに俗っぽい話し方で立ったまま桜に声を掛ける。
「おい、聞いてんのかこのアマ。お前のせいで、思いっ切り痛い目にあっちまったじゃねぇか!!」
まるで街のチンピラのような言葉遣いだ。外見とのギャップがあまりに激しすぎる・・・
「おいコラ!!いつまで寝てんだよ!!」
彼はそう言うと、乱暴に桜の襟元をつかみぐいっと立たせ顔を近づける。
「おい・・・って・・・」
そしてようやく彼は桜が寝ているのではないことに気が付いた。
目を何度かぱちくりさせると、彼はそーっと自分の耳を桜の胸の辺りに押しつける・・・
「・・・・・・・」
何かを悟ったのか、彼は桜の襟元から手を離すと、ゆっくりとその身体を横にしてやる。
そして頭をぽりぽりと掻きながらぼっそっと独り言を呟いた。
「もしかして・・・死んだ?」
高嶺桜、享年十六歳。
そしてこれから彼女の受難の日々は始まるのだった。
「どーすんだよいきなり不祥事かよっ!!」
桜の死体の側で叫ぶ彼の声に、答える者は誰一人としていなかった・・・・
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