やけに遠くに聞こえる雨音。 雨粒が砕けるその調子よりも早く、私の鼓動は早まった。
彼の言葉の意図が読めない。
しかし、そのはっきりとした口調がまるで真実を告げているようで、自らの罪を暴かれた咎人の様にいたたまれなくなる。
「・・・どういう・・・意味ですか?」
私は震えそうになる言葉を何とか平静を保ちつつ発した。
彼は私を見ることなく、誰も入ってこないであろう重く閉じられた教会の扉をその黒い瞳でじっと見ている。
やがて瞼がその目を覆い、ゆっくりと上げられた時、彼は私の方を向いた。
「貴方は、甘えているんです。・・・“不幸な自分”に。」
向けられた黒い瞳は深淵のようで、まるで吸い込まれてしまいそうだった。
しかし彼の辛辣な言葉がそれを妨げる。
甘えている?
私が?
不幸な自分に?
それでもまだ彼の真意が見えず、虚しく単語達は私の頭の中で駆けめぐるだけだった。
「貴方は、悲劇のヒロインを気取っているだけです。端から見れば、そう、そうとしか見えませんよ。」
口調は相も変わらず穏やかだが、言葉一つひとつの棘が容赦なく、意味もわからぬ私の胸にずきりずきりと突き刺さってゆく。
「弟さんを亡くされて、悲しいのはよく解ります。でも、たとえそれが家族の絆を断ち切る原因だとしても、貴方を追いつめる凶元だとしても・・・」
そこで彼は一区切りつけ、その目に一層の力を込めて言った。
「亡くなった人を、言い訳に使ってはいけない。」
衝撃だった。
頭の後ろを強く殴られたような。
目の前が一瞬暗くなったようだった。
言い訳。
弟を、言い訳に?
そんなことない。
あんなに好きだった弟を、言い訳になんか使ったりしない。
私が拳に力を込め、そう叫ぼうとした時だった。
「世界は生きる人に因ってしか廻らない。全ての結果には、原因から過程を経て至ります。貴方はその過程のなか、何を為したというのです?」
今度は棘なんて生やさしいものではなかった。
研ぎ澄まされた大剣が、一気に私の胸に突き刺ささり、貫いた。
「家族が離れていってしまうのを、貴方はただ見ていただけ。嘆き悲しみはすれど、自分から何も起こさなかった。だから貴方に今、家に居場所がない。」
喉のあたりに、先程叫ぼうとした言葉が支えて何も言えない。
ただ私は口を開いたままわなわな震えているだけだった。
「そしてそれが辛くなったから死にたい、でも死ねない。生きていたくない。全くもって失礼です。生きる人、死んだ人、その双方に。」
小刻みに震える私の身体。
込み上げてくる熱いものが、目尻に集まってゆくのを感じていた。
「貴方は死ぬのにも弟さんを理由にするんですか?」
握り締めていた拳に力が入らなくなって、手はだらしなく開かれた。
その甲に、雫が垂れる。
「生きる理由、幸せの意味。そんなものは人それぞれ。聞いたところで無駄です。他人ですから。」
最初はこぼれ落ちてゆく程度だった雫は、やがてあふれ出し、教会の中にも小さな雨を降らす。
「理由も意味も、全てには必要ないんですよ。」
彼の声が、優しいものに変わった。
「命ある者は、死ぬまで生きる。それが自然なことです。」
彼は、そしてまた笑った。
刺された剣は引き抜かれ、血の代わりに私の中に淀んでいた暗いものが流れ出でる。
私は、顔をくしゃくしゃにして。
私は、溢れ出でるそれを止めようともせず流し続けた。
涙を。