第六節




 何故だろうか。

 親には気まずくて言えず、

 友人には遠慮して言えぬ事がすらすらと言葉となって私の内側から出て行く。

 それはきっと、彼が他人だからだろう。

 もう二度と会わぬであろう他人。

 だから、私がどんな人間であるか彼に知られても、私のこれからの時間に及ぼす影響は皆無と言える。

 全く皮肉なことだ。

 どんなに近しい人でも、どんなに親しい人のも言えぬ心の枷が、全く見知らぬ人間だから話せるとは。

 いや、しかしそれは一つの真実なのだろう。

 結局、人とは弱い生き物だ。

 自分の周りの人間達は、私自身の環境を形成する。

 環境から見放されてしまう言動は、私を孤立させる。

 孤独と孤立は違う。

 そして、後者の方が遙かに恐ろしい。

 こんな重苦しい話など、誰に言えよう。

 呆れられ、見捨てられるのがおちだ。

 結局孤立を恐れ孤独を人は選び、そしてそれにすら耐えられず、心の奥底で慟哭するのだ。

 ならば、全くの他人の方が話しやすいのは当然だろう。

 その人は自分の環境に成り得ない。

 ならば、どう思われようといいではないか。

 唯吐き出すことで少しは心の靄が晴れるなら。

 しかし、どうもそれだけの理由だけではなさそうだ。

 笑顔。

 彼の笑顔だ。

 何故だろう、安心するのだ。

 屈託のない笑みが、この人にならはなせると私に錯覚させるのか。

 それもあるかも知れない。

 だがそれが全てとは思えない。

 そうきっと、彼は孤独なのだ。

 そして、孤独を愛している。

 彼の笑みは孤独を受け入れたものなのだ。

 故に彼は孤独に愛され、私たち孤独を選んだ人間達に安堵を与える。


 孤独は恐れるものではない、と。

 しかし、私はそんなに強くなどない。

 孤独を愛し、孤独に愛されるだけで生きてゆける程、私は強くないのだ・・・

「何故・・・」

 傷のことを話し終え、私の思考は遙かへ跳躍していたのだろう。

 全く取り留めのないことを、暫し黙考していたようだ。

 彼の声が遠くに聞こえ、一瞬に意識が戻ってくる。

「何故貴方はそんな風に思うようになったのですか?」

 彼は理由を聞いた。

 全てのものに理由など必要ない。

 彼自身の言葉だ。

 そんなものを聞いて、彼はどうするのだろう。

 必要のないことだ。

 しかし・・・

 しかし、まぁいいだろう。

 どうせここまで話したのだ。

 全て洗いざらい話してしまおう。

 確かに彼の言うとおり、話すうちに少しは気も楽になった。

 全く、酒に頼って愚痴をこぼす中年層達の気持ちもわからないでもない。

 私も、彼等と変わりない。

 如何ともし難い事実を受け入れるため、一度言葉に出してワンクッション置こうというのだ。

 心がそれに耐えられず、崩れていってしまわぬよう。

 ・・・・・・

 話そう。

 何故私が、こんなにも生きることに怯えているのか。

 楽に、なるために。

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