第五節




 私はよく手首を切る。  所謂リストカットというものだ。

 躊躇い傷、とも言うかもしれない。

 自殺願望、それは無いとは言わない。

 いや、いつも死ぬつもりで切っている。

 わざわざ浴槽に水を張って、だ。

 ただ、いざその時になると怖くなる。

 死。

 その先に何があるのか。

 ものすごく怖い。

 まだ何一つ成し得ていない命が、潰える。

 それが唯ひたすらに悲しく、そして怖いのだ。

 真っ赤な血が流れる手首を見ていると、自分がとても哀れになる。

 涙が止めどなく溢れてくる。

 惨めな気持ちになる。

 生きてゆくのが辛いのに、死ぬ覚悟すら出来ない。

 情けない。

 自分がとても小さな存在に感じて、さらに生きるのが悲しくなってゆく。

 なんという悪循環か。

 生と死の両方を諦め、私は今一体何をしているのだろう。

 自分を失ってゆく。

 生と死から拒絶され、私は一体今何処にいるのだろう。

 存在が希薄になってゆく。

 薄っぺらな私。

 軽く、透明な存在。

 影すら薄くなってゆくような。

 耐えられない。

 かと言って諦められない。

 手の隙間から零れてゆく命を拾うことも出来ず。

 そしてすぐ傍にある死に向かうことも出来ず。

 私は今、一体何なのだろう。

 答えは出ることなく、悲しみだけが身を満たし、あらゆる事象が万力のように私をきりきりと締め上げてゆく。

 悲鳴は声にならず、唯虚空をのぞむばかり。

 有るわけでなく、無いわけでもない。

 存在自体の矛盾。

 嘘を塗り固め、生きることを演じる私。

 まるで操り人形。

 自由意志を持たぬ抜け殻。

 そんな私にとって、日々とは罅だ。

 亀裂を増やし、傷付くばかり。

 まるで拷問だ。

 命の潰えるまで続く、永遠の生き地獄。

 死は救いですか?

 死は希望ですか?

 答えることの出来るものはいない。

 誰も死んだら語れない。

 死は終わりだから。

 私は死に永遠など望まない。

 永遠など欲しくない。

 終焉が欲しい。

 悲しみの。

 苦しみの。

 死はそれを与えてくれますか?

 必ずその先にそれがあると言えますか?

 魂は不滅で、死の先にさらに苦しみが有るとしたら?

 私の心が、癒えることはあり得ない。

 生も死も怖い。

 怖いんです。

 何もかもが怖いのです。

 何故誰も、そういう風に感じないのですか?

 苦しくないですか?

 辛くないですか?

 悲しくないですか?

 怖くないですか?

 生きることは苦痛ではないのですか?

 死は解放に成り得ますか?

 生きる意味はありますか?

 存在の理由はありますか?

 生きていて、幸せですか・・・?

 私は、

 私は不幸です。

 生まれたことを呪います。

 生きる苦痛と苦悩。

 そして死への恐怖。

 何故それらに嘖まされるのでしょう?

 生きることは辛いです。

 生きることは・・・



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