第二節




「教会・・・・・」

 私は聞く相手もいない街角で呟いた。

 こっちの方にあまり来たことのない私は、ここら辺の地理にくらい。

(こんなところに教会があったんだ・・・・・・)

 今私の目の前にある教会は酷く老朽化しており、人に使われている様子はない。

 雨宿りには丁度良さそうだ。

 私は運良く雨をしのげる所を見つけられたことに安堵し、扉に手を掛けた。

「・・・・・・すいませーん・・・・・・」

 おそるおそる、一応そう言いながら扉を開けた。

 両開きの扉が軋みながら開く。

 真っ暗な教会、しかし祭壇の燭台には灯が点っていてそこだけが明るい。

(神父様だろうか・・・・・・)

 誰もいないと思っていたので蝋燭の火には少なからず驚かされた。

 こんな所にいるのは、恐らくはここを任された聖職者だろう。私はそう思い一応敬語で言った。

「すみません、雨が止むまでここにいさせてもらえませんか?」

 返事はない。しかし祭壇の裏からごそごそと音がした。

 やはり誰かいるのだろう。

 私は大人しく返事を待った。

 祭壇の裏から人影が現れた。

「僕には何とも言えませんが、まあいいんじゃないですか?」

 現れた人物は神父様ではなかった。

 黒いロングのコートに黒い帽子。

 革製の黒い靴に黒い手袋。

 正しく黒尽くめだ。

 神父じゃなくて牧師だったか。

 一瞬そんなことを思ったが、彼の胸元には十字架はなかった。

 聖職者、ではなさそうだ。

 というより、この人は何だろう。

 頭の上から足の先まで真っ黒。

 普通ならそんな格好の人がいたら威圧感を周りに振りまくんだろうが、彼の場合そうではなかった。

 というのも、コートは皺だらけでよれよれ、靴も手袋も所々黒色の塗料がはげていて、随分使い込まれていることが分かる。帽子は、誰かに踏まれたんだろうか、足跡がくっきりと残っていた。

 つまりは黒尽くめとはいえその格好はずいぶんと見窄らしかったのだ。

 いや、見窄らしいというのは彼に悪いだろう。

 ここは奇妙な格好、と言っておこう。

 彼は私のそんな思考を知ってか知らずか、慌てて話し出した。

「そ、そんな訝しげな目で見ないで下さいよ。僕は悪人ではありません。」

 普通は怪しい者ではありません、と言うものなんだろうが、彼はどうやら自分の格好が十分怪しいことを理解しているようだ。

 ふっ、と思わず私は吹き出してしまった。

 彼も笑っていた。どうやら彼なりの冗談のようだ。

「雨宿りをしたいんですよね。よく知りませんけど、たぶんいいと思いますよ。」

 彼は帽子を脱いでそういった。

 漆黒の髪に、瞳。

 何から何まで黒尽くめだ。

 アジア系だろうか?

 彫りの浅い顔からそんなこと思った。

「どうかしましたか?」

 彼のことをじっと見ていた私に対し、彼は怪訝そうに言った。

「あ、え、あ、そっ、その・・・・・帽子・・・・・・」

 咄嗟のことに何を言っていいのかわからず、私は先程から気になっていた帽子を指差した。

「えっ?ああっ!」

 彼はどうやら今気付いたようだ。慌てて帽子についた足跡をぱたぱたと叩く。それは暫くしてすぐにはわからない程度にまでは消えていった。

 帽子を叩き終えると、彼はこれで良しとでも言うかのようににっこりと笑った。

 優しい笑みだった。

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