講堂から出ると、高く昇った日の光がさんさんと降り注がれた。 ぞろぞろと列を作り、私たちは学生寮へと向かってゆく。
「単位制か・・・飛び級とかもあるんだな。」
スターレッドを背に背負ったイドさんは、頭の後ろで手を組みながら先頭を歩いている。
「最短、どのくらいで卒業とか出来んのかな?」
くっるっと振り返ると、にかっと笑ってそう言った。
「さあな、お前飛び級狙ってんのか?無理無理、止めとけ。」
私の後ろを歩いていたキースさんの言葉。
「ひっでえな、夢を持つことはいいことだろ。」
口を尖らせながらイドさんは精一杯の抗議の態度を示している。
その顔がなんだか可愛くて、ついつい私は少し吹き出してしまった。
「ユミルまで、笑うなよぉ。」
「あっ、すいません。」
「無謀な夢は持つだけ無駄だ。仮にも天下のハンターアカデミーだぞ、何処ぞの少数民族の若造が、飛び級なんて出来るかよ。」
わぁ・・・なんだか棘のある言葉・・・
「むぅ・・・。」
イドさんはむくれてしまい、頬を一杯まで膨らませている。
やっぱり、可愛いかも。
会ったばかりの時より、なんだか彼の子供っぽいところが彼への親近感を一層強く感じさせる。
自然に笑みがこぼれてしまう。
「だからユミル笑うなよ!」
「すっ、すいません!」
びっくりして大声で謝ってしまったが、イドさんは大笑いしていた。
しまった・・・
真っ白な建物を横目に見ながら私たちは寮へ向かっている。
あの白い建物は、講義棟というらしい。
勉強するところ。
大きな建物。
三階建て。
「でけぇなぁ〜。」
イド。
「で、これよりさらにでかいあれが寮か。」
キース。
「大きいですねぇ〜。」
ユミル。
「良さそうじゃないか。」
トリノ。
寮はとても大きい。
六階建て。
全部壁は煉瓦で、焦げ茶色。
窓は四角。
玄関は広い。
「っと、着きましたっと。」
イド。
「こんちゃーす。」
イドについて入る。
入ってすぐは広いロビーでカウンターがある。
奥には螺旋階段。
廊下が左手側に続いている。
人が一杯だ。
「はいはい、いつまでも立ってないで、鍵を持って部屋まで行って下さいねぇ。」
間延びした声。
カウンターから。
エプロンを着た女の人。
「鍵に書いてある番号がそのまま部屋番号ですぅ。順々に鍵を持って行って下さ〜い。」
「おっ、結構可愛い。」
キース。
トリノに睨まれて黙る。
カウンターに沢山の鍵が並べられてる。
前の人たちが鍵を取るたびに、女の人がまた鍵を並べていく。
「ん、じゃあこれにするかな。」
イドが真ん中の鍵に手を伸ばすと、
「端から持って行って下さい〜い。」
との声。
「端からって・・・」
イドの目が動く。
「これって・・・」
「いつまでも立ってないで進んで下さ〜い」
なんだか顔を顰めながらイドが端の鍵を取った。
私も続いて鍵を取る。
ユミル、アスラ、トリノ、キースも、順番に取っていった。
「・・・俺の部屋、4-148なんだけど・・・」
階段を上りながらイドが言った。
「私は4-149です。」
ユミル。
「・・・自分のにもそう書いてあるぞ。」
アスラ。
「えっ?」
「なにぃ!」
キース、うるさい。
「相部屋、ってことかな?」
イドはいつもと一緒。
「イヴ、もしかして俺と一緒か?」
私は鍵をイドに見せた。
「・・・やっぱり。」
4-148と書いてある。
「さっきちらって見たけど、同じ番号が二つずつあったように見えてさ、まさかとは思ったんだけど・・・・」
「あっ、だ、男性と相部屋なんて、私困ります!」
ユミルは顔を真っ赤にしている。
「ってことはまさか・・・」
キースの鍵には4-150の数字。
「あたしと一緒だね・・・」
トリノもその数。
「絶対嫌だ!」
キース、うるさい。
「あたしの台詞だよ・・・」
トリノは拳をぷるぷる震わせている。
「あんだと?」
「なんだい、やるのかい!」
「あぁもう、待て待て!」
イドが今にも喧嘩をし始めそうな二人の間に入った。
「気に入らないなら鍵、交換すりゃいいだろ。喧嘩すんなって。」
なるほど。
「でっでも、男女比が一対一ってことは、一組は・・・その・・・」
ユミルはもじもじしながら言っている。
あっ、次四階だ。
「だから、ユミルとトリノ、キースとアスラでいいだろ。で、俺とイヴ。」
「おい・・・・それって・・・・」
キースの目が怖い。
「イヴ、それでいいか?」
私は頷く。
「決定。俺とイヴが4-148だ。」
イドは一段階段を跳ばして軽快に登ってゆく。
そして四階に立ってそう言った。
「へぇ〜、結構いいじゃん。」
木製の扉についた金色のノブを回すと、二人で過ごすには十分な広さの部屋が広がっていた。
部屋の左右の壁にベット、机、そして簡単な調度品が左右対称になるように置かれている。
真ん中には仕切が立てられており、とりあえず最低限度のプライバシーは守られる作りだ。
窓からは俺達の学舎となる白い建物が見えた。
背負った荷を下ろし、ベッドに腰を下ろす。
これからここで暮らすわけだが、なかなか快適そうだ。
とりあえずせっかく家具があるんだから、荷の整理をしようと思う。
とりあえず着替えはクローゼットへ。
野宿の用意は、その下でいいか・・・
手帳とペンを、簡素なライトの付いたテーブルに置く。
スターレッドは、ベットの傍でいいか。
うん、完了。
「イヴ、荷の整理しとけよ。」
イヴは無言で頷くと、俺と同じように荷を分け始めた。
俺はその間に窓を開いてみる。
微かに潮の香りが届く。
海が傍にあるんだよなぁ・・・
なんとなく、いい気分だ。
「っと、これも読んでおかないとな。」
俺はテーブルに手を伸ばし、寮の利用上の注意とやらを読んでみることにした。
なるほど、どうやらトイレや風呂は共同みたいだが、その分部屋が広く使えていい。
各階には幾つか給湯室まであって、好きに茶を飲んでいいようだ。
なかなか気が利いている。
食道は二階。
風呂は一階、ね。
ふんふん。
まぁ、これだけ読めば充分だろう。
注意を机に放る。
そして置いたばかりのスターレッドに手を伸ばすと、適当に弾き始めた。
心地いい音が奏でられる。
これで一曲作るのもいいかもしれない。
そんなことを思っていたら、コンコンとドアをノックされた。
荷の整理はもう終えたのか、イヴがとことことドアの方まで歩いてゆく。
「・・・・誰?」
なんちゅう聞き方だ・・・・
まぁイヴらしいけどな。
「あっ、ユミルです。ちょっといいですか?」
ユミルの声がドア越しに聞こえる。
イヴは俺の方に振り向いた。
俺は首を縦に振る。
イヴは鍵を開き戸を開いた。
「お邪魔します。」
「入るよ。」
ユミルに続きトリノが顔を出す。
「邪魔するぜ。」
「失礼する。」
キースとアスラも一緒のようだ。
何だろう?
「まあ座れよ。」
俺は仕切をずらし、備え付けの椅子に座った。
イヴも自分の椅子に座り、ユミル達はベットに腰を下ろした。
「で、どうした?」
「パーティについて、ちょっと話し合ってみようと思ってね。」
なるほど。
「長くなりそうだな、茶でも入れるか。」
俺はついさっき仕入れた情報からそう提案する。
「あっ、じゃあ私入れてきます。」
ユミルはそう言って部屋から出ようとした。
「湯飲みあるのか?」
キースが言う。
まぁそうだ。
「俺は旅の持ち物にコップがあるな、イヴも。」
俺は先程クローゼットにしまい込こんだ荷の中からコップを出す。
イヴも同じように取り出した。
「俺達も用意するか。」
キースの言葉にアスラが頷き、一旦部屋から出て行った。
あいつらもコップの一つは持っているようだ。
「あたしも荷物の中にあるね、一旦戻ろうか。」
「そうですね、じゃあお二人のコップ、お預かりしますね。」
ユミルはそう言って、俺達のコップを持って出て行った。
やれやれ、すぐ来てすぐ出て行って、またすぐ戻ってくるわけだ。
・・・この部屋用のコップ、一つ用意しとこうかな・・・
そんなことを俺は思っていた。
ユミルが煎れてきたのはストレートティだった。
部屋一杯に広がる香り。
なかなか高級な茶葉を使っているようだ。
流石は天下のハンターアカデミー。
俺様は久しぶりの上等な紅茶を味わいながらそんなことを思っていた。
「で、だ。パーティって言ってもどんな風に組めばいいんだろうね。」
「これから長く付き合うことになるんですから、慎重に選びたいですよね。」
やれやれ、無知な奴等だ・・・
ここは一つ、俺様がいっちょレクチャーしてやるかな。
「まず考えるべきは自分の能力だな。」
皆が一斉に俺様を見た。
何とはなく優越感。
「接近戦が得意なのか、遠距離戦が得意なのか、はたまた中距離か。」
「なんでだい?」
凶暴女、はん、おつむの弱い奴だ。
「ハンターにとって戦闘は切っても切れないものだ。だったら戦闘を如何に効率よくこなせるかが重大な問題になる。理想的なのは前衛、後衛をバランス良くってとこだな。」
俺様はそこまで言うと部屋にいる連中の顔ぶれを見回してみた。
「例えばここの六人でパーティを組むとしたら、アスラ、トリノ、イドの三人が前衛だろうな。接近して直接攻撃するのが役目だ。で、俺様とユミルは後衛決定。俺様は召還に詠唱やら何やらあるから相手の攻撃で邪魔されたくない。ユミルは神聖魔法を使うんだから、パーティの生命線になりうる。そんな大事なメンバーを前に出すのは危険だ。ユミルさえいれば、追いつめられても逆転可能なことだってあるかもしれないんだからな。まぁ、つまり前衛には後衛を守って役割もあるわけだ。イヴは能力が解らんから何とも言えないが、まぁおそらく後衛だろう。」
俺様がここまで言うと部屋からおぉ〜という感嘆の声が漏れた。
悪い気はしない。
「欲を言えば中盤の人間が欲しいかもな。戦闘補助が出来る奴。まぁイヴがそうなるかもしれないし、何とも言えないけど。」
ここまでしゃべると、イドが口を開いた。
「じゃあ、俺達まあまあいいパーティ組めるんじゃないか?なぁ?」
まぁ、確かにそうとは言えるかもしれない。
「なら、あたしたち六人でパーティ組んでいいんじゃないかい?」
「それ、いいですね。」
凶暴女とユミルが勝手に話を進めてゆく。
俺様としてはユミルはいいんだが、凶暴女はなぁ・・・
「ああ、俺も賛成。イヴもいいだろ?」
話にイドが混ざる。
イヴの奴は頷いた。
おいおい、ちょっと待てよ・・・
「あんたらはどうだい?」
凶暴女がこっちの気持ちお構いなしにそんなこと言いやがる。
「自分はそれでい。」
なっ、アスラまでっ!!
くっ、ここで嫌だとは言えない雰囲気に・・・
「あんたはどうなんだい、キース?」
くっそぉ・・・・
「ああ、・・・それでいい・・・」
なにやら釈然としないものが残ったが、俺様達はこうしてパーティを組んだのだった・・・