4th academy
俺がそんな問答をキースとしていると、革命記念公園まで辿り着いた。先程と変わらない賑やかさがそこにあった。
時計台の方を見る。塀に囲まれた敷地の中にそれはある。格子の門が開かれていた。
「中に入って良いんだよな。」
俺は皆に聞いてる。皆一様にさあな、という表情をしたが・・・・・
「入って良いんだよな。」
俺は自分に言い聞かせるようにして、アカデミーの敷地に足を踏み入れた。
俺のすぐ傍にいたイヴは続いてすぐに入ってきた。他の連中は後ろで躊躇しているようだ。開いていたんだ、入ったって良いだろうが。
結局四人は、俺とイヴが時計台の入り口を眺めているときになってようやくやって来たのだった。
「これって教会だったんだな。」
俺は扉屋根の上につけられた十字架を見つけていた。
今まで街のシンボルと思っていたこれは、どうやらトーラ教関連のもののようだ。
塀の外からはわからなかったが相当な年期もののようで、教会の正面部分の壁はほとんど蔦で覆われていた。
「旧市街の内側にあるんだ、もしかするとこの街と同じ歴史があるのかもしれないな。」
キースがふざけた様子もなく言った。何だ、こいつまともなこと言えるじゃん。
まあいつまでも見上げていてもしょうがない。首も痛くなってきたし。俺達は奥へと進むことにした。
門から真っ直ぐ歩いてまず右手側に時計台、少し行って左側にハンターズギルドがあった。向かい合うようにして、おそらく講堂、その脇に図書館があった。それらは密集して立ち並んでいる。
そして、図書館に向かい合うようにしてあった、つまり左手側にあったのは、煉瓦造りの、時計台ほどではないがなかなか古そうな三階建ての建物だった。
最初俺はここが校舎だと思ったが、入り口に博物館と書かれていた。敷地内に博物館、ハンターアカデミー恐るべし・・・・・・
「っと、ここで旧市街は終わりか。」
博物館を横目で見ながら歩いていた俺達の前に、城壁が現れた。新、旧市街を分ける壁。まさか学園の敷地内に残っているとは・・・・・
「この街に来たときから思ってたんだけど、何でこの街、二重に城壁があるんだい?」
城壁に作られたトンネル、大きなアーチにも見えるそれを通っているときにトリノが言った。
確か・・・・・・
「ラーク候がこの街を整備したときに作られたのがこれ、内側の城壁だ。それから、貿易とアカデミーによってもたらされた巨万の富、それを使って街が広げられたときに出来たのが外側の城壁だ。」
俺が記憶を辿っている脇でキースがすらすらと答えてしまった。ひゅう、とトリノが口笛を鳴らす。素直に関心したようだ。
やるな、キース。
城壁をくぐり抜けると、噴水を中心に据えた広場に出た。
ここは旧市街の区画とは違い、広々とした空間に幾つもの建物が建てられてある。
回りにはいくつかベンチが置かれ、疎らながら何人か人もいた。
あの人達もハンターの卵なのかしら。
広場には今通ってきた道を含め、四本の道がそこから伸びている。
「ちゃんとそれぞれの通りに門があるんだな。」
私の脇でイドさんが真っ直ぐ前を見ながら言っている。
そう言われて私も彼と同じ方を見たが、門など全く見えない。
「見えるのか?」
後ろからキースさんが声を掛ける。
「見えるぜ。時計道の門が一番ちゃちいから、裏門だろうな。遊歩道と山風通りの門は同じデザインだけど、さっきの門より一回り小さいかな。さっきのが正門なんだな、じゃあ。」 イドさんは首を回しながら、少し細めた目で答える。
みんな、イヴちゃんは違ったが、同じように回りを見たが、私と同じく見えていないようだ。
「あんた、目がいいんだね。」
トリノさんは驚いた顔を見せた。
「それはいいが、我々はまずどこに行けばいいんだ?」
ぼそりとそう言ったのはアスラさん。
そう言えば、私たち入学手続きに来たんだった・・・・・・
「入学案内には・・・・・事務課に来るように、てなってたな。」
キースさんはこみかめの辺りを指で叩きながら言った。
私たちは再び辺りを見回したが、広々とした敷地内に立ち並ぶ建物のどれが事務課なのか見当もつかない。
「なあ、あそこの人たちに新入生はどこに行けばいいのか聞いてみないかい?」
視線を噴水の辺りにいる人に向けていたトリノさんが言った。
なるほど良い考えかもしれない。
みんなも同じ意見のようで、私たちが広場の方へ行こうとしたときだった。
「あれじゃないのか、それ。」
イドさんは噴水傍の、周りのものと比べると一回り小さい建物を指差していた。
「見えた?」
イヴちゃんがイドさんを見上げるようにして言った。
「ああ、事務課だろ、書いてある。」
書いてある・・・・・・何が?どこに?
とりあえず私たちはイドさんの指差したところまで来てみた。
「書いてあるよ・・・・・・」
そこで改めて私たちはイドさんの視力に驚かされることとなった。
“事務課”と、壁に打ち込まれた金属製のプレートに彫られいる。
一つ一つの文字は拳大程度の大きさだった。
「お前、目ぇ良すぎ・・・・・・」
キースさんが驚きとも呆れとも感じられるような声で言った。
「耳も鼻もいいぞ。」
イドさんは八重歯を見せて笑っていた。
「すいませーん。」
戸を開いたイドが皆を代表して声を出した。
我々も彼に続き中へとはいる。
我々の身長以上の丈のある植物と、腰掛けのための椅子がいくつか置かれていた。
カウンターがすぐにあり、その向こうには大量な書類が山積みになっている。
丸眼鏡の男がイドの声に反応して書類の山から顔を出した。
「は〜い。」
男がカウンターの席に座る。眠そうな目が眼鏡の向こうにある。
イドがその男とカウンターを挟んで向かい合って座った。我々は彼の後ろに立つことになった。
「新入生なんですけど、入学手続き、ここでするんですよね?」
新入生の言葉を聞くと男は『はいはい』と言いながら、再び書類の山の中に戻っていった。その時男の体がどこかにぶつかったのか、一部の山が音を立てて崩れてゆく。
「あ〜あ・・・・・・」
自分の隣にいたキースが、書類を集めている男に聞こえるよう、わざと声を大きめにして言った。
前々から思っていたが、この男は同性に対して露骨に態度が悪い。
「あー、慌てなくていいっすよ。」
それに比べて、イドは男を気遣う言葉を掛けた。
「あぁ、もう!ノース君またやったの?」
イドが言い終わるのと同時に一人の女が、カウンターの奥の戸から現れた。
「すいませ〜ん。」
怒られているというのに、男はのんびりとした口調で答えた。
「じゃあ私が受付しておくから、早く片づけてね。」
女はそんな男の様子に慣れている様子で、山積みの書類にぶつからぬようカウンターまでやって来た。
「わお、美人・・・・・・」
キースが隣で小さく歓びの声を漏らす。阿呆だ・・・・・・
「ええと、初めて見る顔ね。新入生の方たちかしら。」
「ええ、そうです。」
唐突に自分の隣から体を前に出したキースが言った。妙にキザな言い方だった。
「俺様の名前はキース、キース=ヴリトラです美しい人。貴方のお名前は?」
阿呆だ。
「キース君ね・・・・・あったわ、スーア出身の二十歳。誕生日は雨雲の月(この世界の六月)二十九日・・・・・でいいかしら?」
女はそんなキースを無視して淡々と事務をこなす。いつの間にかキースは自分の後ろにいた。いた、と言うより伸びていた。
「恥ずかしいことしてんじゃないよ・・・・・」
トリノが手の埃を払うような仕草をしている。当然の帰結だろう。南無。
「それじゃあ一人一人名前を言ってもらえるかしら?」
女は表情を変えることなく我々に言った。
「イヴさん・・・・・・グリード出身、深白の月(この世界で十二月)二十四日生まれの・・・・・・十四歳・・・あぁ、貴方が噂の・・・・」
順々に俺達の名前を書類から見つけては確認していた鉄仮面のルソナさん(胸元の名札に書いてあった)が、初めて表情を変えて言った。
「ん?噂ってなんすか?」
俺はノースさん(さっきの男性)が持ってきたコーヒーを啜りながら聞いてみた。
「ここ百年来で最小年、おまけに女の子って事で教師の間では話題のようよ。ただ、それだけ。」
ルソナさんはイヴの書類をノースさんに渡しながら言った。
「ああ、なるほど。」
周りの反応からイヴの年齢でハンターアカデミーに入ることは異例であることはわかっていた。だがまさかアカデミーの中でも噂になっているなんて・・・・・・案外俺が思っていたより凄いことだったんだな。
「勝手に周りが盛り上がっているだから、気にしない方がいいわ。」
ルソナさんが、まるで『調子に乗るな』と釘を差すような言い方で言った。イヴに関してはそんなことないと思うけどな。
「これで入学手続きは終わり。もう帰ってもらって結構よ。」
んー、まるでさっさと帰れとでも言いたげな言い方。まあ忙しそうだし、キースに気でも悪くしたか?っと、帰る前に一つ聞いておかないと。
「あの、ところで俺達って入学式までどうしてたらいいんすか?」
俺の言葉にルソナさんは大きな溜息をついた。
「何も聞いていないの?」
何もって、何を?
俺の思ったことは顔に出ていたらしい。ルソナさんはぶつぶつと小声で愚痴をこぼした。「あ〜もう、ホントなんで連中は何度言っても肝心なこと忘れるんだから。こっちの苦労も考えて欲しいわ、全く。何で総務課は“新入学生入学の手引き”作らないのかしら。こっちはアカデミー全部の情報が集まってくるんだから忙しいって、わかっているくせに。一つ一つの雑用か増えると、どんどん仕事が後倒しになってくっていうのに、あーもう。そのくせやれ早くしろ、やれまだかって・・・・・私はあんた等の奴隷ですかっての・・・・・・・」
他のみんなには聞こえなかったと思うけど、俺にははっきりと聞こえてしまった。相当ぴりぴりしているよ、この人・・・・・・
「あ、あのー」
俺の後ろからユミルが恐る恐る声を掛けた。
「新入生と言えどもまだ入学していないので部外者です。ここに来る前にアカデミーから旅賃が渡されていますよね、あれで宿でも取ってください。ちなみに、無いと言われてもこちらからは一銭も出せません。それぞれここまでの旅費を考えて渡されていますから。ハンターを目指すもの金銭の使い方ぐらい考えられねばならない、とのことですので。」 ちょっと待ってくれ!そんなこと聞いてない!その金は全額ホリコに置いてきちまったよ、と言いかけたときだった。
「ちなみに、聞いていないと言われてもどうしようもありません。そもそもこういったことはハンターアカデミーの招待状を渡す者が言うべきものであって、私の管轄ではありませんから。ハンターを志すくらいなら、宿代ぐらい何とかして下さい。」
一気にまくし立てるようにルソナさんは言った。反論の余地すらない。
「それから、入学式は彩花の月(この世界で四月)五日、午前十時に大講堂で行われます。大講堂は革命記念公園にある正門から入って右手側、通称時計台の次に見える建物です。」
うー。
俺達は顔を見合わせ、事務課を出ることにした。
「ちょっと、イヴさんにイド君。少しいいかしら?」
出ていこうとしたときに後ろから声を掛けられた。
何だろう、忙しそうにしてたのに。
俺はみんなに外で待っててくれと目配せすると、イヴと共に再びカウンターの席に腰を下ろした。
「なんすか?」
ルソナさんは何だか難しそうな顔をしている。何だ?
「書類のことでちょっと気になることがあって、イヴさんにだけなんだけど、イド君、君がこの子の保護者みたいだから・・・・・・」
気になること・・・・・・・・って言うとやっぱあれかな・・・・・・
「イヴさんの出身地と生年月日の後ろにある・・・・・・(仮)ってどういうことなの?」
話すと長いんだよなぁ・・・・・・
あたしたちは事務課棟から出て広場の噴水にいた。
イドとイヴはあれから暫く経つがまだ出てこない。
「何か手違いでもあったんでしょうか?」
あたしの脇のベンチに腰掛けているユミルが心配そうな顔で言った。
どうなんだろう。
あのイドって奴、飄々としてるけど芯はしっかりしてそうだった。ごたごたがあっても何とかなるだろう。
イヴはぼーっとしてばっかだったけど、イドがいるなら大丈夫じゃないかな。
「大丈夫だよ。きっとつまらないことさ。」
あたしはそこまで考えてから言った。ユミルはそうですね、と言うとじっと噴水の飛沫を眺めていた。
視線をユミルから、芝生に寝転がっている喧しい奴の方へ向けてみた。
腫れた頬をさすりながら、ぶつぶつとアスラに愚痴を漏らしているようだ。
出てきてすぐにここの女生徒らしき人にナンパを試みようとしたので、一発殴っておいたのだ。
全く、奴にはは羞恥心とか節操とか無いのかねぇ。一緒にいてこっちが恥ずかしくなってくるよ。
と、あたしがそんなことを考えていると事務課棟の扉が開いた。
「何の話だったんですか?」
おーすっと言いながら近づいてきたイドに、ユミルは急に立ち上がって言った。
「あー、いや、大したことじゃなかった。うん。」
イドは一旦視線を泳がせた後、ちゃんとユミルの目を見ていった。
疚しい気持ちはないようだね・・・・・・
「そうか、それはよかったよ。」
あたしもベンチを立ち、イドたちの側に立つ。イドはああ、と返事をしたが、イヴは相変わらず何を見ているのかわからない。変わった子だねぇ・・・・・・
「で、だ。これからどーすんだ?」
いつの間にかこちらに来ていたキースの声だ。
入学式まで後一週間、それをどうするか、と言うことのようだ。
「あたしは宿代残ってるからどっかに泊まるよ。あんたらはどうするんだい?」
「あ、私も、そうするつもりです。」
ユミルもちゃんと宿代ぐらい残っているようだ。
まぁ、当然だろうね。ここまで来るには十分な金銭はアカデミーからもらってんだから。
そう思いながら後の四人を見てみると、男三人、ばつの悪そうな顔をしている。まさか・・・・・・
「あ〜もう・・・・・聞いてなかったぜ、ベッツィーニでの滞在費まであの金から出すなんてよ〜!もう金なんかねぇっつーの!」
情けない声でキースの奴が言う。が、アスラの一言で奴は黙った。
「酒の飲み過ぎだ。私の金まで使い切りおって・・・・・・」
あぁ、なるほど。アスラがキースの馬鹿みたいに無計画に金を使うとは思えなかったんだ。
でも、イドが文無しというのは以外だ。しっかりしてそうだと思ったんだけどねぇ・・・・・・
「そういえばイドさんたちはお金、無いんですか?」
ユミル、ずいぶんストレートな言い方だね・・・・・
「ああ、必要最低限な金しか持たない主義だから・・・・・・・」
イドは顎のあたりを掻きながら、なんだい、もう開き直ったのかい?脳天気そうな顔で言った。
「使ってしまったんですか?」
「いや、使ったと言えばそうなんだけど・・・・・」
はっきりしないイドに少しあたしがいらついたときだった。
「お金、返してもらおっか?」
イヴがイドの顔を見上げて言った。
「無理だろそれは。ホリコ遠いし。つーか、返してくれなんて恥ずかしくて言えねぇ。」
?
「あー、実はさ、俺とイヴが貰った金、全額寄付しちゃってきたから。」
あたしたちが不思議そうな顔をしていたからか、イドは恥ずかしそうにその経緯を話し始めた。
「俺とイヴって、ここに来る前ホリコって村にいたんだ。山間の、小さな村でさ、そこの教会に世話になってたんだ。で、そこを出ていくに当たって、今までの恩返しってことで金、全額置いて来ちゃったんだよ。」
何だ今日は?何で俺は自分のことこんなに色々話してるんだ?
何か腑に落ちないところを感じたが、無計画に金を使ってたと思われるのは癪だ。言い訳がましいのは承知で、俺は弁明していた。
一気に話したので、俺は大きく息を吸った。そして大きく息をはく。みんなの顔を伺ってみた。
沈黙・・・・・・
何?なんか反応してくれよ・・・・・・
イヴは隣で明後日の方を見ている。我関せず、か?この野郎・・・・
「本当ですか!」
気まずく感じていた沈黙を破ってくれたのはユミルだった。目を爛々と輝かせている。な、何だ?
「それってとっても素晴らしいことだと思います!」
ユミルは胸のあたりで指を組み合わせて言った。はい?
「ごめんなさい、私誤解するところでした!お二人ともお金の使い方荒いのかって・・・・・・でも、教会に寄付だなんて!それって素晴らしいことですよ!」
俺は上体を仰け反らせている。ユミルがずずいと近付いてきて、彼女の顔が目の前にあるからだ。
「きっとトーラ様のご加護があります!わぁ、イドさんが信仰心厚いなんて、私、うれしいです!」
「お、おう・・・・・」
さらに接近してくるユミルに気圧され、俺はそう答えていた。別に俺は信仰心なんて、なぁ・・・・・・
「ユミル、ところで・・・・・顔、近すぎないか?」
いい加減腰が痛い・・・・・・
「あっ!」
ユミルは顔を真っ赤にしてようやく体を引いてくれた。
「ご、ごめんなさい・・・・・・」
赤い顔で俯かれてもなぁ・・・・
「へぇ・・・・・・」
そう言ったのはトリノ。
「なるほどね、感心したよ。見上げた根性だね。」
誉められた。
「偽善者め。」
キースがこっそり言った。聞こえてるっつーの。
「あ、だからさっき・・・・・・」
ユミルは何か思いだしたようだ。
「だからさっき、昼食代稼いでたんですか?」
「ビンゴ!」
仰るとおりです。
「つー訳だから、また小銭でも稼がないとな。」
俺、ファイト。
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