3rd ベッツィーニ
「ここはいつでも賑やかだな。」
ベッツィーニの巨大な門の前で馬車は止まっている。自警団による検査のため街に入る者は並ばされている。俺達の横を街から出てゆく沢山の人たちが通り過ぎて行った。街の外にいても、高い壁で隔てられている街の喧噪が聞こえてきた。
「何度か来たことがあるんですか?」
ユミルはそわそわとしている。興奮でもしたのだろう。ルルサムのゆうに五倍近い人がこの街に暮らしているのだ。賑やかさに圧倒されるのも無理はない。
「ああ、生まれてすぐと、十歳ぐらいの時だな。」
「・・・・・・・・」
無口なイヴは黙っていたが、こちらもやはり街の大きさに圧倒されたようだ。口を開けたまま高い壁を見上げている。
ゆっくりと馬車が動き出した。どうやら俺達の番のようだ。
「こんにちは。」
若い自営団員が二人、槍を持って門の両脇に立っている。
「人数は、四人だね。おじさん、一応荷を確認させてもらうよ。」
一人の髪の短い自警団員が荷台へと上ってきた。
「それじゃあ、皆さんの来訪の理由を聞かせてもらえますか?」
もう一人、眼鏡を掛けた方は来訪目的を聞くのが仕事らしい。手には記帳を持っていた。
「おじさんも一々悪いね。これも仕事だから。」
馬車のおっさんはベッツィーニの商人だ。顔見知りでも検査は受けなければならないのか。人が多いのにも関わらず治安がいいのは、こういう仕事がキチンとなされているからだろう。俺は一人感心した。
「ああ、私はアルヴァナから品物を運んできたところだ。商業地区のバロイだ。」
若い自警団員は手にした記帳からおっさんの名前を見つけたらしい。深く頷いた。
「確かに。ではそちらの三人は?」
俺達の顔を見ながら彼はおっさんに尋ねた。
「彼らは私の連れだ。この街に用があるらしい。」
おっさんの言葉に自警団員は軽く頷き俺達にも同じ質問をした。
「じゃあ君たちの来訪の目的を言ってもらえるかな。」
彼の目は俺を見ていた。どうやら三人のリーダー格とでも思ったらしい。イヴは俺の連れだが、ユミルはそうじゃないんだけどな。
「俺と、こいつはハンターアカデミーに入るために来たんだ。」
俺は街の景観を相変わらず口を開けて眺めていたイヴの頭を軽くこづきながら答えた。
私は一瞬自分の耳を疑った。今イドさんの口から発せられた言葉は容易に信じられるものではなかったからだ。
「えっ・・・・・?」
周りの人たち、特に自警団員の方々が同じく驚いているようだった。もちろん、私とは違った意味で。
「こっちの、小さいお嬢さんもかい?」
荷台に上っていた自警団員の方は、彼を全く意に介する様子のないイヴちゃんを見た後イドさんの方を見た。驚愕の表情に見て取れた。
「おかしくはないだろ。ハンターアカデミーの入学年齢の制限は十歳からって筈だぜ。こいつより若い奴とかいたんだろ、昔はさ。」
イドさんは私たちの驚いた表情がおもしろいらしく、からからと笑いながら軽く言ってのけた。
確かに年齢制限はイドさんの言った通りだ。イヴちゃんは十三、四歳ぐらいで制限年齢にひっかかるわけではない。しかしその触れれば折れてしまいそうな華奢な体つきや、物静かな雰囲気、そして花のような可憐さがハンターからはほど遠いように見えた。それに、近年は十代前半での入学なんてきわめて珍しいことだ。去年、確か十五歳で入学した天才少女がいると、ルルサムまで噂が広がってきたことがあったくらいだ。
しかし話題の中心、イヴちゃん自身にその事に関して興味はないらしく、イドさんにされるがまま銀色の髪をくしゃくしゃにしながら熱心に街並を眺めている。
「簡単に言ってしまえることではないと思うんだがね・・・・」
眼鏡を掛けた方の男性は、ずれたレンズを直しながら記帳に何やら記している。
「では、貴方は?」
彼は記帳から顔を上げると、私にもさっきまでと同じ質問をしたのだった。
「協力ありがとうございます。もう行って構いませんよ。」
私はバロイさんのお連れ三名の来訪目的とそれぞれの身体的特徴を書き終えると、同僚のレグに槍を上げるよう目配せしながら言った。
「ご苦労さん。」
褐色の肌をした少年の声が荷台から私の元へと届いた。八重歯を覗かせながら笑顔で手を振っている。トーラ教徒の格好をした少女は軽く頭を下げ、銀髪の少女は終始私たちに興味を持つことはなかった。
「しかし、あの三人には驚かされたな。まさか当人たちも知らなかったなんてよ。」
バロイさんの後ろで順番待ちをしていた馬車は馬がぐずっているらしく進んでこない。レグは槍を肩に掛けたまま去ってゆく荷馬車を眺めていた。
「ああ、そうだな。」
私もまた、人混みに紛れ小さくなってゆく荷馬車の影を眺めていた。
ちなみに、私の持っている記帳には三人のことに関してこう書かれている。
◎ 褐色の肌、赤い髪に瞳、全身に赤い入れ墨の十七歳ぐらいの少年 イド
◎ 肩までの銀髪、碧眼、肌の白い華奢な十四歳程度の少女 イヴ
共にハンターアカデミー入学のため来訪
◎ トーラ教徒の格好、金髪碧眼のショートヘアの少女 十六歳ぐらい ユミル
ハンターアカデミー入学のため来訪
俺達を乗せた荷馬車は人混みの中を進み、やがて正門前広場へと着いた。
半円形をしたベッツィーニの街は大きく三つの通りによって街並が分けられている。今俺達がいるのが中央通り、真っ直ぐ北から南へと伸び、街を東西に分ける主要路だ。最も賑やかなこの通りを真っ直ぐ行くとこの街の象徴、革命記念公園へと行き着く。そしてさらに二つの通りが公園から伸びている。北西へと伸びるのが山風通り、北東へと通るのが海風通りという。これで街はちょうど四等分される。さらに城壁のすぐ内側にある、街をぐるりと一周する通りは時計道、革命記念公園から東西に伸びるのが“海臨む遊歩道”だ。
さらに街の内側にもう一つの城壁があり、そこから内側が旧市街、外側が新市街となり、街は八つの区画に分けられている。
俺達の目指すハンターアカデミーは山風通りと遊歩道に挟まれた、新、旧両市街に渡る巨大な規模のアカデミーだ。学科用の練や実技用の広大な野外施設に加え、学生、教員の寮やこの街のハンターズギルド、さらには街最大級の図書館や講堂まで設備されている。
中でも目を引くのが、このベッツィーニのもう一つの象徴とも言える、空に突き刺さるような尖塔を付けた時計台だろう。他のどんな建物よりも空に近いその塔は、巨大な時計盤と時刻を告げる大きな鐘が付いている。街の外から真っ先に見えるのは、いつもこの建物だった。
「この辺でいいよ、おっさん。」
白の道同様石畳によって作られた円形の広場に着き、俺は荷馬車を降りることにした。「なんだい、アカデミーまで送るよ?」
おっさんは馬を止めると後ろを振り向いた。
「それもいいんだけど、久しぶりのベッツィーニだ、少しぶらつくよ。それに、まだ入学式まで日があるから。」
俺は正直に本心を答え、荷物をまとめて荷台から飛び降りた。たんっ、と地面に着地するのとは少し違う音がした。
イヴも俺に続くため荷をまとめている。
「そうかい、お嬢さんはどうするかね?」
おっさんは懐から煙草を取り出すとそれをくわえながらユミルの方を見た。
「えっと・・・・・。」
ユミルは俺とおっさんの顔を交互に見ている。好意を無下にはしたくない、って事か。「ユミルも一緒に行かないか?来月から御学友だしな。」
俺は荷台から飛び降りようとするイヴに手を貸してやりながら、ユミルに助け船を出してやることにした。あれは間違いなく俺達と行きたい、という顔だろう。
「いいんですか?」
顔をぱぁっと明るくさせユミルは嬉しそうに言った。嘘だ、と言ったらどこまでへこむんだろう。一瞬そんな意地悪な考えが浮かんだが、彼女が相手では冗談にならない気がしたので、俺は黙って頷いた。
「イヴもいいよな?」
相も変わらずぼーっとしているイヴに話を振ってみた。こちらを向くと、俺と、ユミルの顔を交互に見た。澄んだ瞳が、心を見透かすように、じっと。
そしてイヴは小さく頷いた。肯定のサインだ。
「だとさ。」
俺はユミルのために手を差し出していた。
「そうか、じゃあこれでお別れだな。」
おじさんは私達三人が荷台から下りると、くわえていた煙草に火を付けながら、残念そうに言った。
「まぁこれからここで暮らすことになるんだ。縁があったらまた会えるさ。」
イドさんはからからと八重歯を覗かせながら笑っている。
「ああ、そうかもな。私は商業地区で雑貨屋を営んでるんだ。機会があったら来ておくれ、君たちにはサービスするよ。」
おじさんはお店の名前と詳しい位置をイドさんに話し、街を一周している時計道の方へ進んでいった。沢山の人影で、手を振るおじさんの姿はすぐに見えなくなってしまった。
「鴎亭、商業地区の時計道沿い、っと。」
イドさんは腰のバックから手帳とペンを取り出すと、おじさんのお店について早速メモをしていた。なんだか旅慣れている感じで格好良い。
「いい人だったな。」
バックにペンを仕舞いながらイドさんは言った。イヴちゃんが頷いて、その言葉を肯定していた。
「さてっと、じゃあまずどうするかな。」
イドさんが大きく伸びをしながら言ったとき、あの高い時計台から鐘の音が響いてきた。
「昼か。」
鐘の音は十二回鳴った。街中にこうして時を知らせているのだろう、あの時計台は。
「じゃあ、飯にでもするか。」
高い、とても高い塔だ。
真下から見上げると、時計版は何時を指しているのか見えないくらいに。
塀に囲まれた建物たち。私たちの学ぶ学舎。
赤煉瓦の屋根、細工の付いた格子窓。
ベッツィーニハンターアカデミー。
山風通りを挟んであるのが市庁舎。
市庁舎と自警団詰め所の間に中央通り。今来た道。
詰め所と海風通りを挟んであるのが、いろんなギルド。
そして商業地区にあるのが商人ギルド。
ここら辺はこの街の重要施設が集まっている、とイドが言っていた。
そしてここは革命記念公園というらしい。
海が見える。
キセやスキクの街で見た海とは印象が違った。
潮風が少し吹いている。
「食事にするんじゃないんですか?」
ユミルは困惑顔をしていた。私と、イドが真っ直ぐお店に行くと考えていたみたいだ。
「食事はするよ、でも金がないと食えないだろ?」
イドは公園の噴水に腰を掛けながらスターレッドを取り出していた。私はイドの隣に座っている。
「昼食代なら、私が払いますよ。さっき助けてもらったお礼に。」
「気、使わなくても良いよ。それにやりたいからやるんだし。」
イドはスターレッドの音を合わせている。六本の弦が、ぴーんと張られてゆく。
「やるって、何をするんですか?」
ユミルはまだ状況がつかめていない。困惑顔。
「カクラキンが金を得るためにする事って言ったら一つしかないだろ?」
イドはピッグを握り、スターレッドの弦を押さえた。
「歌を歌うのさ。」
弦が弾かれ、音が奏でられる。
イドの歌が始まる。
雪の季節は終わったと
通り過ぎる風が教えてくれた
やがて氷は溶け行き
せせらぎとなって流れることを
鳥は鳴き 花が咲く
厳しい季節は終わった
草は萌え 風が薫る
望んだ季節が来た
人々よ 歓びの歌を歌おう
春だ 大地が色付きゆく
人々よ 歓喜の踊りをしよう
春だ 灰色の雲は風に吹き消された
凍てつく夜は過ぎ
柔らかな日差しが差し込んでくる
霜はもう立つまい
微睡む暖かさにそう思う
空は澄み 日が瞬く
試練の時は終わった
眠る者達が目覚め出す
歓びの時が来た
人々よ 歓びの歌を歌おう
春だ 大地が色付きゆく
人々よ 歓喜の踊りをしよう
春だ 灰色の雲は風に吹き消された
降り注ぐ光に感謝を
豊穣の大地に感謝を
咲き誇る花に感謝を
今ある命に感謝を
短い歌が終わった。
いつの間にか出来ていた人だかりから拍手が起こる。
「はいはい、どうもどうも。」
イド笑顔を崩す事なく、次の曲に入る。私は、空き缶を持ってイドのオーディエンスたちの前を歩く。鈴の音を忘れないのが基本。
さすが大きな街、みんな太っ腹だ。なかなかの稼ぎ。
「ありがとうございました。」
数曲を弾き終えると、イドは深々と頭を下げる。丁度脇にいた私の頭をイドの手が伸びて下げた。もう一度周りから拍手が起こった。
「これで飯が食えるな。」
顔を上げると、にっこりとイドが言った。
不思議な音が奏でられている。
赤い、スターレッドから奏でられる音は今まで聞いたことのないものだった。ギターの音に似ているが、少し違う。金属のように甲高い音が、それでも耳に心地よく響いている。これが真紅の琴の音なのだろうか。
詩も、素朴な感じで好感が持てた。
優しい歌だった。
凝った表現技法の一切無い、シンプルな詩。だから単純にそう思う。
イドさんは口元に笑みを浮かべながら楽しげに詩を口ずさみ、曲を奏でている。
イヴちゃんは相変わらず無表情に、それでもイドさんの曲に合わせ腕の鈴を鳴らしていた。
微笑ましい光景だった。
短い曲で、すぐに終わってしまったが、私は思わず拍手をしていた。その時初めて周りに人だかりが出来ていることに気付いた。周りの人たちも同じように拍手をしていた。
「ありがとうございました。」
イドさんと、彼によってイヴちゃんが深々と頭を下げた。
「これで飯が食えるな。」
顔を上げると、イドさんはコインの詰めた空き缶を持ってにんまりと笑っていた。
「イヴ、幾らぐらいあった?」
「三百Gぐらい。イドは?」
「二百ぐらいかな。合わせて約五百、十分飯は食えるな。」
周りに人々がいなくなると、二人は集まったお金を勘定し始めた。生活感が感じられて、さっきとのギャップが少し悲しい。
「五三〇G。よっし、飯食おう!」
噴水に並べていたコインを財布に入れると、揚々とイドさんは立ち上がった。
「ユミル、ぼさっとすんなよ。行くぞ」
何か無性なむなしさに立ち尽くしていた私は、その言葉で慌てて二人の後を追った。
公園から北東へ伸びる通りを歩く。旧市街の歩道は新市街のものより道幅が狭い。まあ当然といえば当然か。年期が違うからな。
「さっきの、最初の歌、イドさんが作ったんですか?」
俺達の脇に追いついたユミルは少し荒くなった息を整えながら言った。
「いや、あれはカクラキンに伝わる歌だよ。」
今俺達が歩いているのが海風通り、右手側の区画が商業区域になる。つまり世界最大の商業都市の、世界最大たるゆえんがこの区画にあるわけだ。
主要路の中央通りに負けないぐらいの人、人、人・・・・・・・
この狭い旧市街の通りは人で埋め尽くされている。
道に面する食堂からも賑やかな声が溢れてくる。
どこも混んでいそうだ。
「カクラキンに伝わる春の歌。題は・・・何だっけな。」
実際俺は今かなり空腹だ。店の外に並んでいられるほどの余裕はない。
裏通りに入った方がいいな・・・・・・
「忘れたの?」
イヴが俺の見を真っ直ぐに見ている。適当に言ったのがばれたか?
「えっと・・・・、あれだ、“春への感謝”だ。うん、そうだそうだ。」
「さっきの歌、イドさんが作ったんですか?」
イドさんたち二人の脇にようやく追いついた私は、先程歌を聴いていて思ったことを聞いてみた。
「いや、あれはカクラキンに伝わる歌だよ。」
イドさんは周りをキョロキョロとしている。私の話、ちゃんと聞いているのかしら。
「カクラキンに伝わる春の歌。題は・・・何だっけな。」
少しせっぱ詰まった顔をしている。何を焦っているんだろう。
「忘れたの?」
イヴちゃんがイドさんの顔をじっと見ながら言った。
イヴちゃんに見つめられ、イドさんはどこか分の悪そうな顔で眉間に皺を寄せた。思い出しているのかしら。
「えっと・・・・、あれだ、“春への感謝”だ。うん、そうだそうだ。」
イドさんの答えに満足したのか、イヴちゃんは無言で頷いた。やれやれといった顔をイドさんはしている。
この二人の関係って、何だか不思議。
一回り年下のイヴちゃんが、イドさんをたしなめている。そんな風に見えた。
「やっぱ昼時じゃ大通り沿いは混んでるなぁ。裏通りに入ろうぜ。そっちの方が空いてる。」
大繁盛の食堂を脇目に、俺はさっき考えついたことを提案してみた。
「・・・・・・ん。」
イヴはいつも通り表情を変えることなく短い肯定。
「だ、大丈夫でしょうか・・・・・?」
それに対しユミルは少し不安げだ。
その原因はだいたい分かる。
裏通りの、その薄暗さだろう。
建物が密集し、立ち並んだ間を縫うような道は大通りに対して暗い。
ユミルはルルサムの出身だ。あそこはお国柄、光の明るさを際だたせるような街並を意図して作られたところだ。
そんなところから来た彼女が、人通りも疎らな、今俺達の立っているところと同じ時刻とは思えない暗さの通りを不安に思うのもわかる。
わかるけど、ね。
「大丈夫だよ。この街は治安良いから。別に夜の一人歩きでもないしな。」
そんなにビビる必要ねぇだろ、とはさすがに言うわけにはいかないよな。
「ん。」
イヴは俺の意見、肯定のようだ。
「あ、うー。」
なんだ?イヴみたいな声を出すなぁ。しかしここでぐずっているわけにはいかない。俺は一刻も早く飯を食いたいんだ。
「ほいほい、行くぞー。」
俺は未だ煮え切らないユミルの背を押して裏通りへと足を踏み入れた。
「ほいほい、行くぞー。」
「い、イドさん!」
いきなり肩に触れられ私は思わず声をあげてしまった。
「何だよ、でっかい声出して。ビビってんのか?」
「ち、違います!」
実際には半分図星だけど、落ち着いた顔をしているイヴちゃんの前でそんな格好を見せたくない。年上の威厳に関わってしまう。それにもう半分は・・・・
「じゃあ何か、男慣れしてないのか?」
「なっ!」
ずばり図星だ。顔に血が集まるのがわかる。
「何言ってるんですか!」
私はまた、つい声をあげてしまった。イドさんは私をからかっているんだ!
「なんだ、そうか・・・・・」
が、イドさんは真顔でそんなことを言ってきた。
もしかして、この人天然?
「じゃあ何でそんな怒ってるんだ?」
「お、怒ってません!」
「顔が真っ赤だぞ。」
冗談を言っている顔じゃない。素で言ってるんだ。でもそれが妙に気に障る。
「何でもないです!」
私はイドさんの手を振りほどき、薄暗い裏通りをずんずん進んでいった。
後ろからイドさんが呼ぶ声が聞こえるが、こんな真っ赤な顔なんて見せられない。
少し頭を冷やしたい気分・・・・・。
「おあっ!」
一人で進む私を二人が追ってくる足音が聞こえたときだった。
木製の手押しの戸からいきなり何かが転がり出てきた。
「きゃっ!」
短い悲鳴を上げた私の前を、その物体は勢いよく転がり反対側に並べてあった空の酒樽に勢いよくぶつかった。
「がっ!」
酒樽は割れ、埃が立ちこめる。転がり出てきたそれは苦痛の声をあげた。もしかして、人?
二人も急いで走ってきた。私は粉砕した樽からはみ出ている服の裾を見てそれが人だと確信すると、大丈夫ですか、と声を掛けようとした。
その時だった。
「どうだい、痛みで少しは酔いが醒めたかい!」
大きな、女性の声が手押し戸の奥から響いた。
正午を少し回った時刻。
大通りを外れた裏通りの食堂とはいえ、やはり昼時は戦争だ。賑やかな店内は客の喧噪に混じり、店長らしきおっさんや店員の叫びに似た声が飛び交っている。
俺は今、その活気溢れるある食堂の隅のテーブルに着いている。安っぽいが、しっかりとした造りだ。
テーブルには俺の他にイヴ、ユミル、そして二人の男と一人の女が座っている。
漆黒の、イヴよりも長い髪をした奴がアスラ、赤みがかった茶色の髪に健康的な日焼けした肌をしているのがトリノ、そして栗色の髪に眼鏡を掛けた、軽薄そうな男がキース、さっき道端に転がり出てきた奴だ。
「いててて・・・・」
キースは先程出来たらしい擦り傷をさすっている。
「ったく、ちょっとからかっただけだってのになんて事すんだ、この女は・・・・・」
裾をまくり上げた肘は血で赤く滲んでいた。見るからに痛そうだが、俺はそれ以上に見事に腫れ上がった頬に目が行きっぱなしだ。
「何か言ったかい?」
ぶつぶつと言葉を漏らすキースを睨み、トリノが拳を作って凄みをきかす。
「いーえ、何も言っておりません!」
キースは慌てて姿勢を正した。何とも情けない。
つまりはこういうことだ。
アスラとキースがこの店には行って食事をしていた。キースはかなりの蟒蛇らしく、真っ昼間から酒を注文しがぶ飲みをしていた。
そんな時、店に旅人御用達のローブを纏った奴が入ってきた。カウンターに座ったそいつがローブを脱ぐと、健康的な肌をした、まさに男勝りと言えそうな気の強そうな顔をした女だった。なかなかの美人だ。
酒と女に目のないキースは酔った勢いもあり、アスラが止めるのにも関わらずカウンターへ千鳥足で近づき、その女に絡みだした。
鬱陶しそうな顔を女がしているのにも関わらず、キースは一人大声で喋り始めた。店の注目は嫌でもそこに集まる。
とうとう周りの目が耐えられなくなったのか、それともこの軽薄そうな男に腹が立ったのか、女、つまりトリノはキースの胸ぐらを持ち上げ頬に思いっ切りのストレート。
で、店の外まで転がってきたキースにユミルが声を掛けようとしたとき、この軟派男に追撃を喰らわすべく店から出てきたトリノと、それを止めようとしたアスラたちと俺達が会った、と、まあそう言うことだ。
事情はよく知らないが、暴力はいけないと必死に訴えるユミルを見てトリノは大笑い。そこで伸びてる奴よりよっぽど骨があると言い出した。アスラも無言で頷く。
で、意気投合。俺達とトリノはアスラたちの座っていたテーブルに相席しているってわけ。
「しかし、今日は随分縁のある日だな。」
俺は、まぁいつもの事だが、どこかをぼーっと眺めながら黙ったままのイヴに声を掛けた。
「・・・・・何が?」
首だけを動かしイヴがこちらを見た。どうも大衆食堂にこの線の細い少女は似合わない。
「今日になってもう五人の人間と知り合いになったんだぜ。これは縁があるって言えるだろ?」
「五人って、誰だい?」
トリノは丁度運ばれてきた料理に手を伸ばしながら言った。名前は知らないが、かなりボリュームのある肉料理だ。健啖家なんだな、きっと。
「ユミル、アスラ、キース、トリノ、あとこの街の鴎亭ってとこのおっさん。」
「・・・イドと、イヴは既に知り合いという訳か。」
トリノのものと比べると淡泊な焼き魚を食べていたアスラが静かな声で言った。
「知り合いというか・・・・・、まぁ故あって結構長く二人で旅してるんだ。今回はここが目的地。」
俺の返答に大きな反応を示したのはキースの方だった。
「へぇ、じゃあ俺様とアスラと似たようなものか。」
「お二人はどちらからいらしたんですか?」
トリノ、アスラより更に淡泊に、サーモンの挟まれたトーストを囓りながら言ったのはユミル。
「東の方さ。アスラは曙の国サイラ。俺様は、言ってわかるかなぁ。スーア、隠れ里スーアってとこ。」
キースは頬など痛くないのか、軽快に話し始めた。
「実はさ、俺様とアスラってここのハンターアカデミーに入るために来たんだよねぇ。ハンターアカデミーだよ、ハンターアカデミー。最も過酷で、最も誉れ高いと言われるハンターへの登竜門をくぐった、まぁ言ってみれば選ばれた人間?エリートとでも言うの?まぁそのために来たんだよ。スーアってさ、ロウド大陸の南のセアリム大陸の東の端の方にあるちっちゃい村みたいなとこでさ、はっきり言って外界との関わりなんてほとんどないんだよ。でもある日さぁ、なーんか野暮ったい男が里の傍で倒れてたんだぁ。いくら外界との干渉を嫌うと入っても、それは人の情け、俺様が、あっ、俺里長の息子なんだけどさ、言ってやったんだ、手当てしてやろう、って。で、その手当てされた奴がこいつ、アスラってわけ。こいつがハンターアカデミー目指してるて言ってさ、俺様は思ったわけよ。隠れ里のあるカシャの森で迷うような奴がベッツィーニになんて行けるか!ってね。俺って実はそれ以前からアカデミーの方から招待状が来ててさ、まぁなんつーの、言うなれば有名だったわけ。で、森で迷ってる奴を一人でベッツィーニへと行かせるのは忍びないし、俺様もこの里を出て世界を見るべきだとそのころ考えてたんだよ。だから、まぁ保護者として付いてきてやったってわけ。わかってくれた?ちなみにサイラって言うのは・・・・・・」
「セアリム大陸の東にある、小さな島国だ。」
長々と話すキースの話を遮り、アスラが短く説明してくれた。
「近年まで諸外国との交流が無くてな、独特の文化体系を持っている。」
非常に簡潔でわかりやすい。
「しっかし、良く喋る男だねぇ。アスラみたいに出来ないのかい?あんたの方がよっぽど被保護者だよ、端から見ると。」
「んぐっ。」
トリノにぴっしゃりと言われキースはようやく黙った。なかなかおもしろい男だと思うのだが、女からはあまり好かれそうにないタイプだ。軽すぎる、余りに。
「しかし奇遇だねぇ。あたしもハンターアカデミーに入るために来たんだよ。」
「なっ!」
俺も、イヴはどうだかわからないがユミルもアスラも驚いていたが、キースが一番驚いた。
「お前みたいな凶暴女がかぁ?何かの間違いだろ、それ。品位が下がるぜ!ハンターの!」
「あんたみたいに軽ーい男に入られるよりよっぽどましだと思うけどねぇ。」
普通の声で言っていたが、トリノの拳はキースの顔の前でしっかり握られていた。
「あんた等は何でこの街に来たんだい?」
その質問にユミルがこちらを見た。俺はイヴを見たが、こいつはまたどっかを眺めているだけだ。つまり、俺が言うことになったようだ。
「俺等も、同じさ。ハンターアカデミーに入るために来たんだ。」
今度は三人とも、同じように驚いていた。
「偶然ってのは重なるものなんだなぁ。」
俺様は、酒はアスラに止められたので、オレンジをを搾ったジュースを啜っている。
赤い髪に、深紅の目。凶暴女より色濃い肌をした入れ墨男イド。服装から見ておそらくどっかの部族の男だろう。
その隣には銀髪の小娘。イヴと名乗ったきりぼーっとしたまんまの、人形みたいな奴だ。幼さの残る顔をしているが、かなり線が細い。二、三年後が楽しみだが・・・・・
今最も俺様の興味を引く人物、それはユミルだ。
柔らかそうな金髪のショートカット、清楚な雰囲気を醸し出すトーラ教の神官服。そして漂う品位。どっかのお嬢様に違いない。顔もなかなか可愛らしい。上玉だ。
「つまり俺達は同じ志を持った同士というわけだ。これもきっと何かの縁だ、仲良くしようぜ。」
俺様はそう言ってユミルの前に手を差し出した。
「えっ?」
ユミルは少し困った顔をした。男慣れしていない証拠だ。初々しくてよし。
「握手だよ、あ・く・しゅ。」
俺様はこれ以上ない笑顔で更に手を伸ばした。きめ細かい肌に触れる絶好のチャンスだ。
「下心が丸見えだよ、あんた。鼻の下伸ばして何言ってんだか。」
凶暴女、トリノの一言のせいでユミルは出しかけた手を引っ込めてしまった。こわばった笑顔をしている。ちっ、余計なことを・・・・・・
「でも、そうだね。仲良くするってのは悪くないねぇ。」
「お前とは握手しないぞ。握りつぶされたらかなわん。」
「何か言ったかい?」
「いいえ。」
あー、くそ。ホント冗談の通じない奴。頭堅すぎだよ。
「そうだね、じゃあ改めてちゃんと自己紹介しようか。」
「あたしはトリノ。トリノ=ルールーだ。セアリム大陸のイシュタルってとこから来たんだ。槍使いさ。」
あたしはそう言って、壁に立てかけておいた獲物を親指で指した。二メートル近いあたし愛用の槍が布にくるまれてある。
「女戦士か。格好良いな。」
イドがあたしの言葉に頷きながら相づちを打つ。喋りすぎのキースや無愛想なアスラよかよっぽど愛嬌のある奴だ。
「そう言ってもらえると嬉しいねぇ。ほら、次はあんただよ。」
あたしはさっきから口を閉ざしたままの隣の男を肘で小突いた。黒い、丈の長いコートを着たそいつは、それでようやく口を開いた。
「アスラ=タチバナだ。さっきも言ったが、サイラ出身だ。国から出るのは初めてでな。異文化にまだ戸惑うことが多い。」
アスラはそう言いながら、ベルトに巻かれた変わった形の鞘をあたしたちの前に見せた。
「自分の武器はこれだ。刀と言って、サイラで一般的に使われる剣だ。」
アスラはゆっくりと柄を握り、鞘から刀身を引いて見せた。緩やかな弧を描くそれは、刃が片側にしかない。
「変わった形だな。どうして刃が片側にしかないんだ?」
イドがじっとその刀とか言うものを見た後、あたしが思っていたのと同じ事を尋ねた。
「諸国で使われる剣というものは、詳しくは知らないが、今までの経験からどうやら“叩き切る”と言う表現の方が適切に感じる。だが、刀は純粋に“切る”という表現が適切だろう。おそらくその差だ。」
アスラは刀を鞘にしまうと、また腰のベルトに差した。本当にキースと違って必要最低限のことしか話さない奴だ。
「順番から行くと次は俺様だな。」
やかましい奴はいきなり椅子から立ち上がった。
「俺様の名はキース。キース=ヴリトラだ。スーア生まれの二十歳。誕生日は雨雲の月(この世界で六月)二十九日。俺様は武器なんて野暮ったいものは使わねぇ。俺様の能力は召還術だ。」
キースはそう言ってはめていた革製の手袋を外した。手首から、指の先まで文字のようなものがびっしりと書き込まれている。入れ墨か?
「これはスーアに伝わる召還の呪法を、特殊な法力で肉体に書き込んだもんだ。これによって俺様は高度とされる召還術を使いこなすことが出来る。どう、凄い?」
確かに召還術はかなり高度な術の一つだ。だが、だがしかし、
「あんたが言うと、それこそ召還術の品位が下がりそうだねぇ。それに、とどのつまりその紋様がなきゃ何も出来ないんだろ?」
あたしは思ったことを率直に言ってやった。こいつが、限られた者しか使えないとされる召還術の術士などにわかには信じられなかった。
「な、なんて事を!だいたいなぁ、この紋様を肉体に留めておくだけでもかなりの力が必要とされるんだ!それに召還術ってのは他のどんな魔法や呪術よりも繊細で集中力を必要とするものでなぁ!だって異空間や異世界、異次元との“門”を開くんだぞ、失敗したら洒落にならん大被害になるんだぞ!それを防ぐためには少しでも術の精度を上げることが求められるんだ!お前みたいに槍振り回してりゃいいのとは違うんだよ、訳が!」
やっぱり良く喋る奴だ。でも、さっきと少し雰囲気が違って見える。何だか、必死だ。
もしかすると、触れてはいけないことだったのかも知れない。だとしたら、自分から言い出すとはかなり間抜けな奴だが。
「わかったよ、前言は撤回する。それと、最後の一言は聞かなかったことにしておくよ。」
トリノさんから時計回りに自己紹介がされてゆく。キースさんが席に着き、次は私の番だ。
「わたしは、ユミル=シルバーフェザーと言います。ルルサムから来ました。神官見習いです。私の能力は、えっと、よくは知らないのですが神聖魔法(というものらしいです。」
「ものらしいって、随分曖昧だね。」
そう言ったのはトリノさん。
「あ、あの、すいません。ハンターズギルドの方からそう言われただけなので・・・・・」
事実私は自分の力がどんな物なのかよく知らない。目覚めたとき、傍にあった招待状を持ってハンターズギルドに行き、そう言われただけなのだから。
「じゃあ“力”に目覚めたのは最近なわけか。」
キースさんが、こう言っては失礼だがあまり爽やかとは言えない笑顔でそう言った。
「“力”?」
「何だ、知らないのかい?ハンターアカデミーから招待状が来るのは特異な“力”を持った人間にだけなんだよ。俺の召還術みたいに。」
なるほど、だからさっきキースさんは選ばれた人間と言ったのだ。
「神聖魔法か、クエストの時パーティーを組むなら、かなりいて欲しい能力者だな。」
キ−スさんは満足げに何度も頷いている。
「知っているのか?その、神聖魔法とやらを。」
彼の隣に座っていたアスラさんが、私の疑問を代弁した。
「光や秩序、神とか言った神聖なものの力を借りて行われる術さ。傷の回復や毒の治療といったことが可能なはずだ。詳しくはアカデミーで学ぶことになるさ。」
すらすらと、キースさんは説明してしまった。博識な方のようだ。
「あんたが言うとなんか嘘臭いね。出任せじゃないのかい?」
「何だと!」
「喧嘩すんなよ、まだ俺とイヴの分が残ってるんだ。」
睨み合った二人を仲裁したのはイドさんだった。二人は互いに顔を背け、イドさんの方へ向き直った。
「俺はイド。イド=カクラキン、流浪と音楽の民カクラキンの戦士。今は訳在って一族を離れている。」
「やっぱり少数民族だったか、服装でわかったぜ。お前の能力って何だ?」
キースさんはアスラさんを挟んで、トリノさんと視線が合わぬようにしている。
「獲物はダガーを使ってる。能力は・・・・・、俺もよく知らない。こう、なんて言えばいいのかな。力を込めると、それが出ていく感じなんだ。トリノとアスラはどうなんだ?」
確かに、二人は“力”のことを話していない。
「うーん、あたしもよくわからないねぇ。そんなものがハンターの条件だなんて知らなかったから・・・・・。アスラはどうなんだい?」
「私のは、故郷では御霊剣と呼ばれるものだ。」
ゴリョウケン?
「いわゆる闘気(ってやつを武器に込めることだ。オーラブレードとか言われてるやつだな。イドも、そこの凶暴女のもきっとそれだろ。ハンターアカデミーの生徒や実際のハンターは、何かの術者か、そのオーラブレードの使い手がほとんどだからな。」
キースさんが再びその博識を披露した。凶暴女と呼ばれたトリノさんも、これには感心しているようだった。
「なるほど、オーラブレードか・・・・・・・。イヴはどうなんだろ?」
「それは言ってもらわなきゃ何とも言えないな。ほれ、次はお前の番だぜ。」
卓上の注目が少女に集中する。
「・・・・イヴ=ホーリーナイト・・・・・・」
「それで、終わりか?」
キースの奴が俺を見た。わかる。言いたいことはよくわかる。だが俺を見たってどうしようもないんだ。
「あー、年は十四だ。能力とやらは俺と同じく不明。ただ遠くのものに働きかける力みたいだ。今日もアッシュバウンドを一匹吹っ飛ばしてきた。」
イヴが名乗ったきり再び視線を漂わせたため、俺が代弁することとなった。
「遠くのものに働きかける・・・・か。何かの魔法か、もしくは呪術の一種だろうな。」 キースは椅子にもたれかかり天井を仰いだ。視線の先には安物のランプが吊されている。
「オーラブレードじゃないのか?」
「さぁ、どうだろうな。ただこんな華奢な奴にオーラ、とか言われても似合いそうにないからさ。」
なるほど。根拠はないが納得できる。
「つまりイドとイヴ、それからあたしの能力ははっきりしないって訳かい。何だかこういうのって気持ち悪いね。」
トリノは見るからに嫌そうな顔をしている。割り切れないこととか嫌いなんだろう。
それは俺も同じだった。
突然目覚めた不思議な力。その真相を知るために、俺はここまで来たんだ・・・・・・
「アカデミーに行けば嫌でもわかるだろ。実技以外にも色々カリキュラムがあるらしいからな。」
それは初耳だ。というより、実際アカデミーで何をするのか俺はよく知らない。周りのみんなもどうやらそのようだ。皆キースに注目している。
「全く、甚だしいぐらいに無知だな。ちょっとは調べてから来いよ、自分の学舎となるところくらい。」
反論の余地もない。だがこいつに言われると癪に障るのは何故だ。
「実技の演習に魔法学や戦術指南、遺跡探索の術の講義、それにクエストって呼ばれるダンジョンに赴いての実戦訓練とか色々あるんだ。試験もあればもちろん落第もある。まぁ筋肉馬鹿にはつとまらないって事だ。」
なるほど、と感心したが素直に凄いと思えない。一言多い奴だ。
「頭でっかちにもつとまらないだろ。」
トリノ、ナイス!俺は心底思った。
「あいにく俺様は召還術という大変高度な能力を持ってる。心配なく。」
「誰もあんたが頭でっかちとは言ってないよ?」
「あぁ?」
「なんだい、やるかい?」
駄目だ、何でこいつ等は常に喧嘩腰なんだ。
「ストーップ、ストーップ!」
俺は仕方なく仲裁にはいる。他の話題を振らねば。
「ところで始業式までまだ日があるだろ?みんなどうするんだ?」
始業式は彩花の月(この世界で四月)の七日だ。つまり後一週間以上あるわけだ。
「そうだな、そういや寮っていつから入れんだろ?」
「なんだ、知らないのかい。さっきまで自慢げに話してたのに。」
「うっせーな。じゃあお前は知ってるのかよ。」
あー、もう。
「じゃ、じゃあみんなもう入学手続きしたか?まだなら実際に行って聞いてみようぜ。」
裏道から中央通りへと出る。
ついつい話し込んでしまっていたせいか、時計台は二時を指していた。
「卒業生や落第生がいるだろうから、もう部屋は空いてると思うんだけどな。」
先頭を歩いていたキースが言った。
「アカデミーって全寮制か?」
ふと、気になったことを聞いてみた。
「ああ、確かそうだな。でも実際いろんなところに実習とかで行くことになるからな、どれだけいることになるか。まあ大体四年始まりは終わりに向けて四年、長くて八年、まあ教員になればそれ以上だが、結構な時間いることに代わりはない。良いとこだといいんだけどなぁ。」
「八年って?」
「留年があるからな。」
「教員がそれ以上ってのは・・・・・・」
「職員寮があるからな。」
むう、悔しいが頭は良さようだ。(根拠はないが・・・・・・)
「ところで、イド。」
通りを歩くなか、俺様は食堂の中からずっと気になっていたことを聞いてみた。
「それ、何だ?」
俺様が指差したのは、イドによって背負われた、布に覆われた物体だ。獲物はダガーだと言っていたし、旅の荷物は別に持っている。一体全体、あれは何だ?
「これは一族に伝わる楽器さ。“真紅の琴”と言うらしい。」
“真紅の琴”?どこかで聞いたことのある名だ・・・・・・
そういえば、カクラキンと何か関係があったような・・・・・・
「どうかしたか?」
いつの間にか、アスラが俺の顔をのぞき込んでいた。
毎度の事ながら、男と意識しなければなかなかの“美人”だ。まあたとえどんなに可愛かろうが美しかろうが、俺様のことが好きで好きでたまらなかろうが、自分と同じモノの付いてる奴は愛せんがな。
と、そんな事は置いといて・・・・・
「いや、なんでもない。」
何か引っかかることを感じた俺様だったが、確信が持てなかったので言うのは控えた。
「門が見えてきたね。」
そんな俺様の思考は、凶暴女の声で中断し、記憶の片隅へと追いやられることとなった。
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