STARRED


2nd 荷台にて




 ぱかぱかと馬の蹄が石畳の道を歩く音が静かに響く。私はローブの男性、イドさんと銀髪の少女イヴちゃんと共に馬車の荷台に座っている。

「いや〜、本当に助かったよ。二人とも凄いね。」

 二人に助けられたおじさんは、同じくベッツィーニへと向かうと言う二人を私と同じように荷馬車に乗せたのだ。

「いや、こっちも助かるよ。これなら昼頃には着くな。」

 イドさんは血まみれのローブを脱いで荷台の縁に座り、脚をぶらつかせながら答えている。隣には同じようにイヴちゃんが腰を下ろしていた。

「でもおっさん、戦う術がないなら香辛料、忘れちゃ駄目だぜ。」

 イドさんは首を後ろに向けおじさんに向かって忠告した。しかしその言葉には咎めの気持ちは込められていないようだ。八重歯の目立つ笑顔を向けている。

「でも、本当にありがとうございます。危ないところを助けてもらって。」

 私は改めてお礼の言葉を述べた。

「おじさんも済みません、結局私何も出来なくて・・・・・・」

 勢いよく飛び出したまでは良かったものの、私はずっと逃げ腰だった。少し恥ずかしい。

「いやいや、お嬢さんにも助けられたよ。時間を稼いでくれなかったら二人も間に合わなかったかも知れないからな。」

 おじさんはそんな私にもお礼の言葉を掛けてくれた。やっぱり誰かに感謝されると嬉しい。

「しかし兄さんも凄いが、そっちのお嬢ちゃん。君も凄いな〜。アッシュバウンドを吹っ飛ばしたもんな。ありゃ魔法かい?」

「・・・・・・・・ん・・・・・・・」

 おじさんの声に反応しイヴちゃんは振り向いた。が、その反応はずいぶんとあっさりとしていた。

「はは、悪いなおっさん。こいつ人見知り激しいからさ。」

 イドさんはイヴちゃんの銀髪をくしゃくしゃに撫でながらその場を取り持った。

 そうかい、と言った感じでおじさんは気にする様子もなく前に向き直った。

「嬢ちゃん、あぁまだ名前聞いてなかったな。」

 イドさんは私の方へ向き直した。イヴちゃんもそれに習ってこちらを向く。

「俺はイド。イド=カクラキン。音楽と流浪の民、カクラキンの戦士だ。」

 イドさんは親指で自分のことを指し、誇らしげに名を名乗った。

 カクラキン、音楽と流浪の民と呼ばれる少数民族だ。一族全体で世界中を旅し、各地でその独特の音楽を演奏するのだと聞いている。私は会うのは初めてだ。

 イドさんは炎のように赤い髪、瞳、そして健康的な褐色の肌がとても印象的だ。

 革製のパンツに、黒い袖無しの服を纏っている。先に綺麗な石のようなものを付けた紐で胸元を縛っていた。腰には不思議な模様の布を巻き、革製のバックを縛り付けている。手首には沢山の金属製の腕輪、首にはコインのようなものや綺麗な石、牙、羽を付けた装飾品をしている。カクラキンの民族衣装だろうか。ブーツにも見たことのない模様が描かれている。

 そして、何より目立つのが入れ墨だ。

 頬、首、胸元、両腕の肩から手の甲まで真っ赤な入れ墨が彫られている。見えているだけでもかなり入れられているようだ。服の下の肌にも入っているのだろうか。

 全身に彫られた入れ墨に圧倒されたのか、それとも助けられたときの彼の背中がとても大きく見えたからなのか、私にはイドさんがとても大人っぽく見えた。

 でも、その輝くような瞳や、短く切りそろえられた髪、八重歯を見せて笑う表情は少年のようにも見える。

 不思議な人、私は思った。

 私より年上かしら。

「で、こっちがイヴ。イヴ=ホーリーナイト。訳あって俺と旅してる。」

 イドさんが軽くイヴちゃんの頭を叩きながら少女の紹介をした。

「・・・・・・イヴ・・・・」

 イヴちゃんは私にも人見知りしているのか、ぼそりと名前だけをその口から発した。

「イヴ・・・・・・良い名前ね。トーラ様の加護があるわ。」

「だろ、いい名前だよな。」

 イヴちゃんではなくイドさんが喜んだ。なぜだろう。

 トーラというのは創造神の名だ。そしてホーリーナイトとは深白の月(この世界で十二月)、二五日の夜を意味し、トーラ様が世界に光をもたらされた日とされている。イヴとはその前夜のことで、世界各地で前夜祭が行われる。トーラ教徒の私にとってイヴ=ホーリーナイトの名は素晴らしい響きに聞こえた。

 イヴちゃんもイドさんと同じようにローブを脱いでいた。そして、その姿は本当に可憐の一言だった。

 透き通るように白い肌に、光を受け輝く銀髪、澄み切った薄い青色の瞳。

 体は華奢で、白いワンピースを纏ったその姿は、高価なお人形のようだ。彼女の感情をあまり表に出さないところが、私にそう見せているのかも知れない。

 私はイヴちゃんと目が合い、微笑んだのだが、ぷいっとそっぽを向かれてしまった。ちょっと悲しい・・・・・。

 気を取り直して私は自己紹介をすることにした。

「私はユミル、ユミル=シルバーフェザーです。宗教国家ルルサム出身で、神官見習いです。今年で十七になります。」

 一通り述べた後、私は頭を下げた。顔を上げるとイドさんの笑顔が目に映った。

「今年で十七か、じゃあ俺と同い年だな。」

 正直私は驚いた。とても彼が私と同い年とは思えない、それぐらい彼には大人びいた雰囲気が漂っていた。

「そ、そうなんですか?イドさん大人っぽいから年上だと思ってました。」

「老けてる、って言いたい訳じゃないよな?まぁカクラキンじゃ十五で大人と見なされるからな。俺も大人らしくあろうと努力してるんだよ。」

 十五歳で大人?

 信じられない!じゃあイドさんはもう自立しているんだ!

 私は自分の前にいる同い年の少年が急に偉大な人に思えた。

「でもカクラキンは一族全員で世界中を旅するんだろ?兄さんは何だって一族の人等と一緒じゃないんだい?」

 手綱を操りながら私たちのやり取りを聞いていたおじさんが、私も疑問に思っていたことをイドさんに尋ねた。

「ん〜、色々あってさぁ。」

 イドさんは遠くを見るような目で彼の過去を語りだした。



「あれは今から二年前の夏、太陽が大地を焼くように照っていた炎天の月だったなぁ。」 俺はゆっくりと自分が一族を離れ旅を始めた理由を思い出しながら語り始めた。

 カクラキンって子供が十五歳になると成人の儀ってのがあるんだよ。で、それを行った奴はもう大人って見なされるわけ。

 で、それってそれぞれの誕生日に行われてさ、俺の誕生日って二十日で俺もそれをやったんだよ。

 成人の儀って言ってもさ、別に大したことがあるわけじゃないんだ。それまでに誰にも見せずに彫り師に彫ってもらってた入れ墨をみんなに見せて、大人の証として煙草吸って、酒飲んで、後はみんなでお祝いの歌をを唱うわけ。

「煙草吸ったりするんですか?」

 ユミルが素っ頓狂な声をあげた。まぁしかたないか。どうやら世間じゃ二十歳になるまで吸ってはいけないらしいからな。あと酒も。

「その時だけさ。それから吸っても良いんだけど、俺は美味いとか思わなかったから。」 で、最後にちょっとしたことがあるんだ。結構神聖なやつでさ、これがメインって感じかな。

 長老、俺の時は百歳越えてそうな婆さんがさ、何か箱を持ってきたんだ。

 箱は木で出来てるんだけど、不思議な力で封印されてるみたいで開かないんだ。

 何でも誉れ高き赤の戦士、エンキドゥってのが持ってきたある物を、同じく誉れ高き青の戦士ギルガメッシュが封印した箱だって話だ。

 何でもこの箱の封印を解いた者に箱の中身と、とある掟が与えられるんだと。

 でもまぁ、いつからある儀式だか知らないけど開けた者はいなかったんだ。

 だから、まぁ、通過儀礼のようなものだと思ってたよ、俺も。

 で、俺が箱に手を伸ばした瞬間さ。

 いきなり箱がパーッと光り出してさ、開いちまったんだよ、ホントに。

「じゃあ、中身の物を頂いたんですか?」

 ユミルは少々興奮気味のようだ。身を乗り出している。

「まぁまぁ、ちゃんと話すさ。」

 このユミルという嬢ちゃん、いちいちの反応がずいぶんと素直な反応だ。ほんわかとした雰囲気だが、野暮ったくはない。いいとこのお嬢さんなんだろう。

 柔らかそうな金髪が帽子からのぞき、イヴとは違う深い青色の瞳が輝いている。今までの街でも何人か見てきた、トーラ教の格好をしていた。    

 しかし何と言うか、世間知らずと言った感じが強かった。

 で、どこまで話したっけ。あぁ、そうだ、箱が開いたとこまでだったな。

 眩しい光が辺り一帯を包んでさ、眩しくて目を開けてらんなかったよ。

 ゆっくり光が消えていって、恐る恐る目を開けたんだ。

 ごくっ、とユミルが唾を飲む音が聞こえた。かなり真剣に聞いているようだ。

 そこにはさ、真っ赤な、見たこともない楽器が入ってたんだ。

「見たこともない楽器?」

 ユミルは目を丸くしている。

「説明しにくいな。見せた方が早いか。」

 俺は背中に背負った荷を降ろした。



「説明しにくいな。見せた方が早いか。」

 そう言うとイドさんは背負っていた白い布でくるんだ荷を降ろした。

 ずいぶんと変わった形に見える。瓢箪を薄く伸ばしたような感じだ。

「これが、そうですか?」

 私はまだ布にくるまれたままのそれを指差し聞いてみた。

「ああ、シタールって知ってるか?」

「ええ、本で見たことがあります。民族楽器ですよね。」

 長く太い棹に七本、またはそれ以上の共鳴弦を張ったリュード型の楽器だ。

「そ。よく知ってるな。まぁ、それやギターに似てるんだ。」

 イドさんはそう言いながら荷の布を取り始めた。

「わぁ・・・・・・」

 それは、本当に見たこともない楽器だった。

 それは八の数字を崩したような形で、棹が着いている。弦は六本あった。形はギターに似ているが共鳴箱がない。それはシタールと同じだった。本来それがあるところは本程度の厚みしかなく、そして木製穴が開いてある部分には金属製の金具で弦が止められている。

「これは・・・・・・?」

 鮮やかな赤色をしたそれは、塗装のせいか日を受けきらきらと光っている。

「真紅の琴。それだと愛着が湧かないから、俺はスターレッドって呼んでる。」

 イドさんは真紅の琴、スターレッドを持ち上げ太股の上に置いた。



 どうやらベッツィーニに近づいてきたようだ。白の道に映る影の数が多くなってきた。人の動きは流れとなり、俺達はそれに乗って街まで運ばれてゆく。

 俺達の隣を豪勢な馬車が通り過ぎていった。街に訪れる者がいれば、去る者もいる。人の流れが止むことのない街、それが自由都市ベッツィーニだ。

 俺は布から取り出したスターレッドを太股に置いた。こうして構えると気持ちが落ち着く。ずいぶんと慣れたものだ、これにも。

「でも、この真紅の琴とイドさんが一族を離れているのと、何か理由があるんですか?」

「あぁ、じゃぁ続きだな。」 

 俺はもう相棒とも呼べるそれを太股に置いたまま、話の続きを始めることにした。

 箱が開いて一番驚いていたのは誰よりも長老の婆さんだったな。

 わなわなと震えてさ、『赤の戦士、エンキドゥの再来じゃ!』ってね。 

「さっきも出てきましたけど、エンキドゥって何ですか?」

 まぁ、当然の質問か。

「エンキドゥってのはカクラキンに伝わる伝説の戦士の名さ。一族を離れ、大儀を果たした異端の勇者、って話だ。」

「異端?なぜですか?」

「カクラキンの中じゃ一族を離れることはタブーなのさ。」

「大儀と言うのは?」

「詳しくは伝わっていないんだ。」

「なぜ、赤の戦士と呼ばれるのですか?」

 質問責めだな。

「赤い髪に瞳、そして全身に赤い入れ墨を彫っていたからだそうだ。ギルガメッシュは青い髪はしてなっかたらしいけど、入れ墨は青かったそうだ。」

「まぁ、それじゃあイドさんはその赤の戦士にそっくりですね。」

 ユミルは手を合わせ、嬉しそうに言った。この嬢ちゃんはあまり人見知りをしないようだ。俺はもう親近感を持たれたようだ。

「ああ、彫り師もそのつもりで彫ったらしい。生まれたときから『エンキドゥの再来だ』、とか言われてたらしいからな。」

 ユミルは頷きじっと目を見てきた。とりあえずもう質問はないようだ。

「それじゃ話を続けるぜ。」

 で、その後俺は長老に族長の所に連れて行かれてさ、箱の中身と共に与えられる掟を話されたんだ。

 内容はこうだ。箱の中身は真紅の琴、誉れ高き赤の戦士エンキドゥがカクラキンの元へと運び、彼の友であるギルガメッシュに託した。そして、その定めって言うのがその時エンキドゥが残した言葉なんだそうだ。

「それは・・・・?」

 えっと、『真紅の琴の封印を解きし者、赤の戦士エンキドゥの名を継ぎ、一族の元を離れよ。世界を巡り、歌を探せ。やがて世界がお前を必要とするだろう。真紅の琴の封印が解けし時、青の戦士ギルガメッシュの名を継ぐ者、一族を連れ、世界に歌を広めよ。やがて世界が唱うだろう。』、だったかな。 

「・・・・・どういう意味ですか?」

 あまり答えたくない質問だ。

「実は・・・・・よくわからない。」

 俺は気付いた。すぐに消えたがユミルの顔にえーっ、と言いたげな表情が間違いなく浮かんだ。だから言いたくなかったんだ!

「きっと伝えられてゆく中で無くなっちまったんだろうな。それに、伝説なんてそんなもんだろう?だいたいエンキドゥやギルガメッシュが赤や青の戦士って呼ばれるようになったのは、エンキドゥが帰ってきた後の筈だしな。自分でエンキドゥの名を継ぐ者、なんて言わないだろ。きっと、少し変わってしまったんだ、言い伝えも。」

「なるほど。」

 どうやら納得してくれたようだ。首を大きく頷かせている。

「ま、目的がなんなのかよくわからないけど、カクラキンじゃ掟は絶対だからな。おれはエンキドゥの名を継ぎ、一人一族を離れた、ってわけさ。」

 これで俺の話は終わりだ。

「何か質問はあるかい?」

 ユミルは再び色々と聞きたそうだ。

「青の戦士の名は誰が継いだのですか?」

「代々の族長が継ぐのさ。だからカクラキンには常に青の戦士がいることになる。それで俺も疑問に思ってたんだよ、なんで赤の戦士の名は継がないんだろうってね。もうわかったけど。」

「それから、ずっと旅をしているんですか?」

「ああ。」

「寂しくなったり、しませんか?」

 ユミルは顔を伏せ、まるで自分に言うかのように呟いた。この子は寂しいのだろうか。

「そうだな・・・・・。少し、かな。最初は頻繁に帰りたくなったけど、今はそうでもないな。旅にも慣れたし、二度と皆に会えない訳じゃない。それに、今は一人じゃないしな。」 俺はそう言って、傍で景色を眺めながらぼーっとしていたイヴの頭を撫でた。

 こいつがいてくれて、幾分寂しさが紛れるのは事実だ。旅は道ずれ、だ。

「それに、俺は一族を離れて外の世界を見てみたかったしな。」



「寂しくなったり、しませんか?」

私は、自分がこの旅の間で感じた孤独感を思い出しイドさんに尋ねてみた。親元、そして故郷を離れ一人旅をしたこの三ヶ月間、夜中宿のベットで帰りたいと何度か思ったこともあった。

「そうだな・・・・・。少し、かな。最初は頻繁に帰りたくなったけど、今はそうでもないな。旅にも慣れたし、二度と皆に会えない訳じゃない。それに、今は一人じゃないしな。」

 イドさんはそう言いながら傍で景色を眺めながらぼーっとしていたイヴちゃんの頭を撫でた。

「それに、俺は一族を離れて外の世界を見てみたかったしな。」

 私はその言葉に少し驚いた。

 イドさんも同じ事を考えていたんだ。私も親の元を離れ、世界を見てみたいと思っていたからだ。

「さっきも言ったけど、カクラキンじゃ掟は絶対だ。でも、俺はあんまり好きじゃないんだ、堅苦しいルールに縛られるのってさ。だからいい機会だったんだよ、この掟を受けたのはね。」

 イドさんは目を細め、遙か彼方の一族を思い出すように静かに語った。

 イドさんはどうやら自分の旅立ちを好機だったと捉えているようだ。この考え方も、私と同じで、私はこのカクラキンの男性に親近感を感じていた。もしかすると、似ているのかも知れない、と。

「まだ何か聞きたいことあるかい?」

 指先で弦を弾きながらイドさんがこちらを向いた。ポロンポロンと不思議な音が鳴る。

 私はどうしても不思議に思っていた疑問を聞いてみることにした。

「イヴちゃんとは・・・・・・」

 どうして旅を共にしているんですか?そう聞こうとしたときだった。

「お〜い、三人とも。ベッツィーニが見えてきたぞ〜。」

 私の問いはおじさんの声で遮られた。

「おぉ、ホントだ。おいイヴ、見ろ。あれがベッツィーニだ!」

 私もつられてイドさんの指差す方を見た。

 荷馬車は小高い丘の上に来ていた。白の道の先にベッツィーニの街並が見える。その向こうには青い空と海が広がっていた。

「わぁ!」

 私は驚きのあまり声を漏らした。ルルサムの、ゆうに三倍近い広さだ。さすがは世界の半分の財を持つ街!

 海に面した街を円を描くように囲む城壁の内側には沢山の建物が並び、海に面する広場から放射状に通りが伸びている。ロウド大陸最大の港には幾つもの船が船舶していた。

 その街の中心部から、一際高い塔が見える。

「あれがハンターアカデミーの時計台だ!」

 イドさんはそれを指差しながら歓びの声をあげていた。


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