the angel


第五章 最悪の同居人V


   おかしい。

 絶対におかしい。

 何故私の記憶に微塵も、そりゃあもう雀の涙、いや小指の甘皮ほども無い男がこんなにもアルバムに写っている?

 しかも私たち、特に私と一緒に!!

 おかしい!!

「あっ、もしかして。」

 桃香が何か思いついたのか、はっと顔をあげる。

 藁にもしがみつきたい思いの私は、妹の言葉を待つ。

「頭打ったから・・・」

「なるほど!!」

 いきなり大声で姉が立ち上がった。

「あんた、絶対記憶喪失よ!!間違いないわ!!」

 この時私はどうかしていた。

 たった一人の人物に関する記憶だけを、切り抜くように無くすなんてあり得ない。

 そんなこと冷静に考えればすぐわかる事だ。

 いつもの私なら、すぐ解った事。

 なのに、だ。

 この時はどうかしてた。

 人間パニックに陥ると普段通りにいかないみたいだ。

「・・・なるほど。」

 ・・・・・・納得してしまった。

 ・・・

 ・・・

 ・・・

 ・・・笑ってくれ、この愚かな女を。


「記憶喪失となると大変だわ、やっぱり病院に行った方がいいかしら。」

 心配げな顔の姉。

 私も段々不安になってくる。

 桃香なんて泣きそうだ。

 ああ、どうしよう。

 そんな時だ。

「いや、まぁ心配することないんじゃないですかね。」

 男はかるぅ〜く言う。

 ・・・

 あぁ?

 無意識のうちに私はメンチを切っていたらしい。

 多少びくついた声で男が言い直す。

「いや、ほら。すぐ思い出すかも知れないし。様子見たほうがいいですてって。それに記憶喪失って脳の病院でしょ?行ってる所なんて見られたら変な噂とかも立ちかねないし。」

 差別的な事も言っているが、それもまた真実だ。

 希望と不安の半々に入り交じった気持ちで、私たちは渋々頷く。

「じゃあお兄ちゃん、お姉ちゃんに自己紹介したら?」

 漂いつつあった悪い空気を吹き飛ばしてくれたのは桃香だった。

 妹は幼いながら周りに気を遣う。

 不出来な姉二人を反面教師にしたのか、出来た子だと思う。

「ああ、いいわねそれ。」

 そしてそういう事にすぐ乗ってくる軽い性格の姉。

 頭はいいけど、短慮。

 いつも爪が甘いけど憎めない姉。

 ただ、わざとくらい色気を振るまく癖は止めた方がいいかな。

「いいけど・・・」

 男はじっと私の顔を見て、言った。

「お願いします、は?」

 ・・・

 多分青筋が立ったと思う。

 姉妹二人の顔は完全に引いてたし。

 男は慌てて立ち上って自己紹介を始めた。

「あ〜、おほん。俺は咲、高嶺咲。お前の従兄弟、わかる?イ・ト・コ。花のセブン・ティ〜ン。アンダスタン?」

 取り敢えず、リアクションがいちいち大きいと思った。

 舞台上の役者みたいに全身を使っての自己紹介だった。

「その従兄弟がなんで家捜ししてたわけ。」

 この問いには咲ではなく姉が答えた。

「ああ、今日から一緒に暮らす事になったのよ。」

 本日何度目かの衝撃。

 ああもう、いいわ。

「なんで。」

 最早漢字変換すらままならない力のない声で問う。

「咲君のお父さんが海外主張でね、お母さんも。だけど咲君が日本に残りたいからって、私たちと一緒に住む事になったのよ。」

 へぇ。

「お姉ちゃんと一緒の高校だよ。」

 ・・・もう返事をする気力もない。

 なんだそのベタな設定、三流ギャルゲーか。

 完全に脱力しきった私の目の前に、咲の手が差しのばされる。

「よろしくな桜。」

 多分こいつは私の大嫌いな異性のタイプだ。

 軽い男は大嫌い。

 でも一つ屋根の下で住むのだ、啀み合ってては居心地が悪い。

 仲良くするよう、努力した方がいいんだろう・・・

 そう思い、私はその手を取って握手しようと手を伸ばすと・・・

 手が引っ込められた。

「握手するとでも思ったかこの暴力女。」

 はち切れんばかりの笑顔でそう言いやがる。

 ・・・仲良くなんてできやしねぇ。

 咲を三度蹴り上げながら私はそんな事を思っていた。




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