おかしい。 絶対におかしい。
何故私の記憶に微塵も、そりゃあもう雀の涙、いや小指の甘皮ほども無い男がこんなにもアルバムに写っている?
しかも私たち、特に私と一緒に!!
おかしい!!
「あっ、もしかして。」
桃香が何か思いついたのか、はっと顔をあげる。
藁にもしがみつきたい思いの私は、妹の言葉を待つ。
「頭打ったから・・・」
「なるほど!!」
いきなり大声で姉が立ち上がった。
「あんた、絶対記憶喪失よ!!間違いないわ!!」
この時私はどうかしていた。
たった一人の人物に関する記憶だけを、切り抜くように無くすなんてあり得ない。
そんなこと冷静に考えればすぐわかる事だ。
いつもの私なら、すぐ解った事。
なのに、だ。
この時はどうかしてた。
人間パニックに陥ると普段通りにいかないみたいだ。
「・・・なるほど。」
・・・・・・納得してしまった。
・・・
・・・
・・・
・・・笑ってくれ、この愚かな女を。
「記憶喪失となると大変だわ、やっぱり病院に行った方がいいかしら。」
心配げな顔の姉。
私も段々不安になってくる。
桃香なんて泣きそうだ。
ああ、どうしよう。
そんな時だ。
「いや、まぁ心配することないんじゃないですかね。」
男はかるぅ〜く言う。
・・・
あぁ?
無意識のうちに私はメンチを切っていたらしい。
多少びくついた声で男が言い直す。
「いや、ほら。すぐ思い出すかも知れないし。様子見たほうがいいですてって。それに記憶喪失って脳の病院でしょ?行ってる所なんて見られたら変な噂とかも立ちかねないし。」
差別的な事も言っているが、それもまた真実だ。
希望と不安の半々に入り交じった気持ちで、私たちは渋々頷く。
「じゃあお兄ちゃん、お姉ちゃんに自己紹介したら?」
漂いつつあった悪い空気を吹き飛ばしてくれたのは桃香だった。
妹は幼いながら周りに気を遣う。
不出来な姉二人を反面教師にしたのか、出来た子だと思う。
「ああ、いいわねそれ。」
そしてそういう事にすぐ乗ってくる軽い性格の姉。
頭はいいけど、短慮。
いつも爪が甘いけど憎めない姉。
ただ、わざとくらい色気を振るまく癖は止めた方がいいかな。
「いいけど・・・」
男はじっと私の顔を見て、言った。
「お願いします、は?」
・・・
多分青筋が立ったと思う。
姉妹二人の顔は完全に引いてたし。
男は慌てて立ち上って自己紹介を始めた。
「あ〜、おほん。俺は咲、高嶺咲。お前の従兄弟、わかる?イ・ト・コ。花のセブン・ティ〜ン。アンダスタン?」
取り敢えず、リアクションがいちいち大きいと思った。
舞台上の役者みたいに全身を使っての自己紹介だった。
「その従兄弟がなんで家捜ししてたわけ。」
この問いには咲ではなく姉が答えた。
「ああ、今日から一緒に暮らす事になったのよ。」
本日何度目かの衝撃。
ああもう、いいわ。
「なんで。」
最早漢字変換すらままならない力のない声で問う。
「咲君のお父さんが海外主張でね、お母さんも。だけど咲君が日本に残りたいからって、私たちと一緒に住む事になったのよ。」
へぇ。
「お姉ちゃんと一緒の高校だよ。」
・・・もう返事をする気力もない。
なんだそのベタな設定、三流ギャルゲーか。
完全に脱力しきった私の目の前に、咲の手が差しのばされる。
「よろしくな桜。」
多分こいつは私の大嫌いな異性のタイプだ。
軽い男は大嫌い。
でも一つ屋根の下で住むのだ、啀み合ってては居心地が悪い。
仲良くするよう、努力した方がいいんだろう・・・
そう思い、私はその手を取って握手しようと手を伸ばすと・・・
手が引っ込められた。
「握手するとでも思ったかこの暴力女。」
はち切れんばかりの笑顔でそう言いやがる。
・・・仲良くなんてできやしねぇ。
咲を三度蹴り上げながら私はそんな事を思っていた。