序章
prorogue
「闇がまず在り、しかる後に万物がある。決して闇とは光在りて在る影などではない。」




 創神譯 〜闇の神、七柱を創ること〜



 悠久なる時を遡ること遙か昔、数多の異形なる神々の住まう地があった。

 常闇の彼の地の名を嗚流津乃という。

 かつて人間は神々と共に在った。

 神の奴隷として生き、糧として死す者として。

 彼の地に人々の慟哭が絶えることはなかった。

 神々が一人斑愈回は、斯く事を酷く嘆かれた。

 おお、哀れな人間よ。我、汝等を救わん。

 柱は人々を連れ、嗚流津乃の門をくぐりなさった。

 彷徨うこと幾星霜、虚無の闇へと辿り着いた。

 その地において柱は人の世界を造りなさった。

 柱は体を自ら裂き、それを大地とした。

 その時流れ出た血は海となった。

 大地より琥武亜之皇子、海より沙那姫がお生まれになった。

 柱は皇子を豊穣たる大地の、姫を流れ行く水の神となされた。

 皇子と姫と契り、姫は赤子をお産みになった。

 柱は赤子に世宮螺と名付け、二柱に縁深き繁茂する樹木の神となされた。

 柱は世界の肩肺を造り終えなさった。

 しかし未だ世は凍てつくほどに寒く、大気は淀み停滞していた。

 柱は大きく息を吹きなされた。

 柱の息吹は風となり、淀みを消し去った。柱は己に従いし一羽の鴉を惟琶王と名付け、去りゆく風の神となされた。

 さらに柱は嗚流津乃より持ち出した神の火を、人々へと与えなされ、炎より産まれし不悪辺之皇女を不滅なる炎の神となされた。

 王と皇女もまた契り、柱は産まれし赤子に燵臣と名付け、稲光る雷の神となされた。

 最後に、柱は皇女の炎に己の魂を分け与え、弱光の神伊於呂子と名付けられた。

 二柱は世を二分し、子の代を昼と、柱の代を夜となされ、自らを深闇の神となされた。

 斯くして人の世は作られた。



 宿世譯 〜後の冥王が宿世、定められしこと〜



 斑愈回とは闇の神。神々の地嗚流津乃より来る者。

 人を哀れみ、愛す神なり。

 されど異形なる者の宿命か、人喰らう性をお持ちであられた。

 柱は嘆いた。愛する者を屠るその性を。

 柱は子に仰せなられた。我が忌むべき性を如何にすべきかと。

 子は答えた。

 柱の性は嗚流津乃の闇より起こるもの。ならば私がその鞘とならん。しかれども柱の力は巨大にして抑えること能わず。

 願わくば、私に力を分け与え賜え。

 斯くして柱、子と契り旭光の神となされた。

 それより柱の傍らには常に子を置き、自らの妻となされた。

 後の冥王の、御子を求める所以である。



 開門譯 〜嗚流津乃の門、開くこと〜



 人の世の誕生より幾年の歳月が過ぎた。

 八柱の加護のより、人々は平穏なる日々を謳歌していた。

 嗚流津乃の神々は怒った。

 何故我等の元を去り堕落してゆくのかと。

 神々は門を開き、人の世へと攻め込んだ。

 異形の神々の軍勢は天地を埋め尽くした。

 八柱と嗚流津乃は世界を二分し戦った。

 炎は全てを焼き尽くし、海は荒れ狂い、大地は爆ぜた。

 風が全てを薙ぎ倒し、木々は枯れ果て、稲妻が轟いた。

 五日六晩争いは続き、そして七日目の朝終焉を迎えた。

 旭光の神伊於呂子の閃光、その極光が異形の群を塵へと変えた。

 嗚流津乃の軍は壊滅し、残る七柱により彼の地へと追いやられた。



 胎臓譯 〜神、宿ること〜 



 嗚流津乃との戦の後、斑愈回は伊於呂子に仰せられた。

 嗚流津乃の者共は、いずれ再び現れよう。

 此度において我等は困憊し、傷はいつ癒えるとも知れず。

 人の世を守るべく、我等は如何にすべきか。

 子は答えた。

 我等、人に宿るべし。

 数多の子供がこの世を守らん。

 七柱これを受諾し人の胎へと宿られた。



 転生譯 〜継承されし定めのこと〜 



 八柱人に宿り、人として産まれなさった。

 八柱は人として生き、契り、神々の力を子供へと託す。

 神の子達は互いに契りあい、神々の眷属を広める。

 やがて再び門開きし時、神々の眷属は嗚流津乃の軍に匹敵す。

 神々の眷属は異形の者共を屠り去り、門へと追いつめる。

 されどこの時、斑愈回の血を引きし者、嗚流津乃の大気へと触れる。

 嗚流津乃の大気とはこれ則ち瘴気。

 彼の者狂気に侵され、裂ける程に口を開きて嗤う。

 眼は赤く染まり、彼の者の操りし闇、神々の眷属をも襲う。

 伊於呂子の血を引きし者、彼の者を救うべく日輪の如き光を放つ。

 彼の者救われど、子の血を引きし者倒れる。

 故に神々の眷属、嗚流津乃の軍を追いつめども滅ぼすこと能わず。

 神々の眷属、いつの日にか嗚流津乃を滅ぼすまで血を絶やさぬ事を誓う。

 嗚流津乃の神々、人を侮ることを自戒す。

 嗚流津乃の魑魅魍魎を送り、機を伺う。

 神々の眷属、それらを狩ることもまた誓う。

 神々の眷属、自らを闇の現と名乗り、誓いのために今も生きる。



 冥王譯 〜冥王と、御子のこと〜



 斑愈回と伊於呂子の魂、先の戦により酷く衰弱す。

 柱の魂は仰せられた。

 我等が力、今、余りに脆弱なり。

 子は答えた。

 今一度門開くときまで我等は力を蓄えるべし。

 故に二柱の魂、嗚流津乃の門開きし時が近きときのみ転生す。

 冥王、または御子の産まれし時決戦が近いと言われる所以である。



                                    『真言在陰之書(抄)』




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