「色々、ありがとうございました。」 私は教会の前で彼に一礼した。
彼はとんでもない、と言うばかりで、その顔がなんだかおかしかった。
私は彼に手を振りながら、賑やかになりかけの街を歩き出す。
帰ったら、まず一言言うのだ。
全てはそれからだ。
それから始まるんだ。
上手くいかないかも知れない。
それは解っている。
でも。
それはその時考えればいい。
今はただ、自分に出来ることを。
生まれたから、死ぬまで生きるのだから。
せめて、幸せに。
そうだ、もし、もしも上手くいかなかったなら、私も旅に出るのもいいかも知れない。
その時、ふっと思った。
彼の名を聞いていなかった事を思い出したのだ。
急いで振り返る。
でも、既にそこにはもう彼の姿はなかった。
一瞬立ち尽くしてしまったが、私はまた歩き出した。
不思議な一夜だった。
雨を避ける為に訪れた教会。
雨宿り。
不思議な人。
黒尽くめの、旅人。
孤独を愛し、孤独に愛される青年。
よく笑う人。
彼の笑顔を思い出す。
・・・・・・
自分を傷つけ、追い込んだ昔の私。
その影は、あの教会に置いてきた。
雨が、きっと流してくれただろう。
その冷たい粒をしのげた私の心は穏やかだ。
古い教会での雨宿り。
一夜限りの雨宿り。
そう、私には返るべき場所がある。
私の家が。
大きな呼吸を一度。
さあ、家についたらなんて言うの?
決まっているわ。
「ただいま」
と。