The Night Of Smily Losers
/For Heavy Petting










「今時一心不乱になれるものなんて、どうせセックスぐらいでしょ?」

 フロイトもビックリな激しく傾いた意見だけど、まぁ実際その通りだと思いますよ、俺は。

 そんな辛辣な言葉を吐く彼女をベットに残し、俺はパンツだけ穿くとベットから這い出てみた。

 煙草を銜えて窓際、真っ暗な世界へ向けて窓を開く。

 季節は冬。風は身を切り裂くように冷たい。誰だ身が引き締まるとか言った奴は、ふざけんな。

 ブッタを倣い弛み緩みきった己の軟弱な精神に一喝を入れるべく、日頃やらない換気をしようと思ったが、断念。もういいです、無理です無理無理。そもそも諦めという言葉は仏教用語だからね。

「ねぇ、煙草吸うなら窓空けるか外で吸ってね」

 シーツの中から這い出した彼女がハスキーな声をあげる。肩まで届くよく梳かれた髪を掻き上げる仕草、俺は好きさ。

「火、かして」

 煙草とライターを持ちながらも吸う事を断念しなければならなくなった、パンツ一丁で立ち尽くす猫背で撫で肩の大学中退引きこもり以上フリター未満の無職で惨めな俺に拒否する理由はない。

 ああ無いさ、無いともさ。

「放ったそれは緩やかな弧を描き、彼女のその、決して膨よかとは言えない胸元へ落ちる」

 しかしせめてもの腹いせにと、俺は見たままの事実をそのまま口頭で述べた。見たもの、つまり経験した事しか信じない。イギリス経験主義に基づきリスペクトするぜジョン・ロック。

 ………もの凄く睨まれています。

 すっぴんの彼女は眉毛かこの世の人とは思えないくらい薄くなるので、遠目に見るともの凄く怖いです。はい、スイマセン、俺が悪かったです。

「ごめんなさい」

 頭を深々と下げた俺には一瞥もくれることなく、彼女は紙巻煙草を口に銜えると、俺が投げたライターで火を付けて吸い出した。

『お前は吸うんかい』

 というツッコミは無用だ。だってアレ、ホントは煙草じゃないもの。

「薬事法違反」

 つまり、まぁ、アレだ。元気になるクスリ。

「合法だよ、まだ」

 いつか違法になるんだろう。まだ合法で、ネットで売ってる合法ドラック。

 ところで、合法ドラックってなんか矛盾してない?AV女優の清純派、みたいに。これが言語ゲームかウィンゲントシュタイン。使い方間違ってます?



「で、何だっけ?話の続き」

 しかしなんで女って奴は、さっきまで露わにしていた胸を一々シーツで隠すのだろう。パンツをわざわざ穿く俺に言われたくないだろうが。

 あ、でもやっぱり宙ぶらりんだと落ち着かないんだよね。うん。

「ちょっと、聞いてる?」

「聞いてるよ」

 立っているのも何なので、俺はベットに腰を下ろした。スプリングが僅かに軋む。

「俺達は、囚われているって話」

 そうだ。俺達は囚われている。

 あんまり広すぎて気付く連中はごく僅かだけど、間違いなく俺達は囚われている。巨大な牢獄の中に。アインシュタインもビックリな、相対性理論ヨロシク光のスピードにも負けない速さで広がっていく牢獄に、だ。

 真綿で首を絞められる様な不安は毎日少しずつ、それでも確実に積もり、不自由さが自らの世界を少しずつ、そしてやはり確実に切りつめていく。

 ああ、この世界全てが牢獄だ。

 夢も希望もありゃしない。不自由さが充満したこの世界とやら。俺達はそれに囚われている。ウェルカーム・トゥー・ザ・ニヒルズム。神は死んだ?信じてないんで関係ないです。

「そして俺達が持て余した若さというパッションを全開にする場が………」

「ベットの上、という話だったよね」

「モラトリアム万歳。リビトー万歳」

「せめてバイトして」

 はいすいません。



「で、それがどうしたの?」

 クスリで良い気分になったのか、とろんとした目になった彼女が言う。

「いや、まぁ、なんだろね………」

 胸の奥に隠る感情は、時々上へ上へと浮かび上がってくる事はあるものの、決して言葉となる事はない。つまり、俺がそれを言語化できないのだ。

 言語化出来ないって事は、つまり俺が理解できていないって事。ですよねフレーゲ。あ、ラッセル?

 理解できない、漠然とした不安、不満、恐怖、諦念。

 それがストレスとなって俺達の胃をキリキリと痛めつける。

 教師に反抗する不良や万引き、暴走でスリルを楽しんでる奴らは、結局その憂さ晴らしだ。

 でも俺は、下らないリスクを冒してまで発散しようとは思わない。………刑法の一般予防の効果さ。

 だから内に向かい、内にこもる。歯を食いしばり、ぐっと堪え、一瞬の快楽と快感で苦しみを忘れようとする。………永劫回帰だけは勘弁だ。

 ………生きるのが、辛い。

 そう、こんな囚われの身の儘じゃ。



「じゃあ、何が足りないの?」

 彼女は今度はクスリをカクテルしている。合法ドラックもカクテルすれば何処までも飛べるヤツになる。正にそれだ。

「それすらもわからない」

 だから逃げる。俺達は逃げる。

 取り敢えず進学し、就職し、それが自らの選んだ道だと思いこむ。本当はもっと沢山選択肢はあった。でも一本のレールから足を出すのを怖れ、そうやって心の奥底では望んでもいない道を歩む。

 そしてその事実からも目を逸らす。

 でも、まだいいさ。随分と建設的な現実逃避さ。

 俺は、文字通り逃げた。色んな人間関係が厭になって、大学から逃げた。前のバイト先を逃げた。だって、あまりに上っ面だけの付き合いだったから。

 ………いつ裏切られるか、そう思うと居たたまれなかった。

 真っ当な道をドロップアウトした俺に残された唯一の人と人とのコミニュケーションは、彼女とだけ成立する。

 なぜなら、彼女も逃避者だからだ。クスリで。

「傷の舐めあい」

 口に出すと、何とも陳腐な言葉。………笑えないさ。



「『もっと光を』は、ゲーテの言葉だっけ?」

 唐突に彼女が言う。目は、濁っていた。

「彼は死に際、光を求めた。………私たちは、どうだろうね」

 彼女はきっと、死に近いところにいる。話の内容だけじゃない。クスリで脳がイカレ始めてるからじゃない。彼女からは、生きた人間の精気が無くなりつつある。

 何に絶望しているかは知らない。知る気もない。可哀想とも思わない。ただ。

 ただひたすらに、羨ましい。

 死。完璧にして最高の逃避。それこそ勝利だ。

 牢獄を打ち破り、真の自由へ。自由に生きる権利という義務を負わされた世界からの脱却。死。

 俺は、死ぬのが怖い。ドラマチックに自殺なんてする事、きっと俺には許されていないんだろう。這い蹲って、藻掻いて、苦しんで、生きるだけだ。



「………敵だ。完璧な敵だ」

 そう、気付いた。俺達に必要なものは、敵だ。悪者だ。

 一国の統治にあたり、国民意思を統一すべくナショナリズムを掻き立てる為によくやられる手段、仮想敵国の想定。それと同じだ。

 無条件に憎める敵がいれば、もっと俺達は楽になれた。自分の不安も不幸も、全てそいつの所為に出来る。

 嗚呼、でも悲しいかな。この世は儚くも複雑系。そんな奴はいやしない。

「虚しいね」

 ああ、虚しいね。なんで俺は存在するんだろう。教えてくれハイデッカー。別に他の誰でも良いよ。

「ま、パンクがあるじゃない」

 オー・イェー。セックス・アーンド・パンクロック。セットでドラックは如何?

 きっとこんな牢獄でも、それがあれば生きていける。

 例えそれが、ドブの底でも。

「もうワンラウンド、どうよ?」

 アンプから垂れ流れるイギー・ポップ。

 四角い牢獄の様な部屋に、スプリングの軋む音と奏でる最悪のハーモニー。

 みんなみんな、くたばれ。くたばっちまえ。

 それで、地獄でお幸せに。

 ファック・ユー。









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