Love to kill










 So that he wants to love, and to shine and kill








 かつては歌舞伎町の女王とまで呼ばれたこの私が有り得ないほどに深くはまってしまった男、それが桐生だった。

「あなたは何が望みなの?」

 もう華の年頃は過ぎすでに愛嬌で勝負するにはこの肌も衰えてしまっているのだけれど、

 それでも艶に満ちた声や男を惑わせる動作などではたかだか十数年生きただけの小娘に劣るはずもない私に、桐生は言う。

「金、地位、名誉…それから、女」

「最低ね…でも、最高」

 白いシーツを赤い爪で弾く。

 触れ合う肌で私が感じるのは桐生の冷たい血の流れだけで、鼓動などまるでそこにはないようだった。

 桐生の、男にしては細い指が私の黒髪を梳く、たったそれだけで私の鼓動は初めての恋に浮かれる小娘のように高鳴るというのに。

「なぁ、お前、俺が好きか」

 桐生の深い瞳が私を覗きこんだ。危険な目の光。

 商売柄、今まで幾千もの男達を相手にしてきたけれど、こんなに危険を感じる男は初めてだった。

 こんなに男を感じる男も、初めて。

 背筋にぞくっと快感が走った。

 本能のまま桐生の喉元を掴み、その耳元でそっと囁く。

「愛しているわ…殺したいほど」

 吐息混じりの声で桐生を誘えば、いつものように桐生は可笑しそうに唇を歪めるだけ。

 もっと真剣に私を見て欲しい。

 生意気な独占欲など持たないはずのこの私が、一瞬でも脳裏にそんな言葉を過ぎらせてしまうなんて。

 もどかしさを感じる悔しさに、そっと顔を顰めて桐生を睨みつけた。

 「嫌な男ね…いい加減、私を愛しなさい」

 囁けば、囁くほど。

 桐生の骨ばった両腕が、熱を帯びた私の肩を掴み、そのまま引き寄せた。

「なぁ…お前、俺がそんなに好きなら、手伝ってくれよ」

 甘い、声。

 ぞくぞくと這い上がってくる快感の波に、私は瞳を閉じて彼を抱き返し、その背中に軽く爪を立ててやる。

 手入れを欠かしたことのない自慢の美しい爪だったけれど、桐生に出会い彼を知ってしまってからはもう、最中に折れることも少なくなかった。

 それほど彼の背中の傷も増えているということ。

 それは私の醜い独占欲だけれど、それを思うたび私の心は満たされてしまう。

「何をさせようというのかしら…我が侭な私の王様は」

 けれどもそんな私を見せるのは癪。

 余裕たっぷりに笑みを漏らしながらそう聞けば、桐生はそんな私を見透かすかのように私の背中を撫でた。

「……お前は美人だよ、物凄く。いい女だ、エロいし、頭もいいし」

「……あら、何となく先が読めてきたわね」

 桐生から少し体を離し、その整った顔を見上げる。

「それで、私は誰に抱かれればいいのかしら?」

「……本当にいい女だ」

 掠れた声は驚いているから? それでもその余裕の顔は崩さないのね。

 そのことに私が少しの悲しみを抱いているということも、あなたはお見通しなのかしら。

「ええ、貴方の為ですもの」

 甘い声で誘えば、返ってくる、愛撫。

 髪の毛を撫でられて、触れるだけのキスの後に耳朶をそっと噛まれた。

 途端襲いくる快感の波が、私を攫う。

「あ…」

「俺を、愛しているか?」

「……何度も聞くのは、野暮というもの、よ」

 それに卑怯。

 こんな状況で何を頼まれても私が断れるはずもないことを知りながら、この男、何もかも、あぁ、小賢しい。

 けれど、悔しいほどに、愛している。

 どうしてこの男が私だけのものにならないのか、出会った時からずっと考えていた。

「こいつを使え」

 私の腰に手を回した桐生が枕元にその腕を出し、ごとりと黒光りするものを私に見せつけた。

 驚く私の顔が見たいのね、子供みたいに目を輝かせて、男ってみんなそう。

「枕にでも隠しといて、油断してる相手なら一発で終わるさ。なぁ、俺を愛してるんだろう。お前だけのものになってやるから」

 嘘。他の女にはどうだったか知らないし、まぁ知りたくもないけれど。

 貴方が思うより私きっと、色々な男を相手に色々な事情を抱えて生きているのよ。

 男の嘘くらい見分けられなくてどうするの、嘘つきさん。

 でもどうしようもなく愛しているから、気付かないふりをしてあげるのよ。

 ねぇ、どうしてそのことに気付いてくれないのかしら。

「……あなたこの銃、どうしたの?」

 寝そべった体制のまま聞くと、上半身を起こした桐生は危険な瞳の光を一層輝かせながら私に向かって銃を構えた。

「パクったんだよ、馬鹿な暴力団組員から」

 あぁ終わるのだと悟った。けれど私は微笑みながら、その銃に手を伸ばす。

「……いけない子…。仕方がないわね」

 シーツを残して立ち上がり、私は窓辺に歩み寄った。手に持った、銃。

 以前客に触らせてやると言われて手にした銃とは何かが違う。

 重さ? 種類? 知っているわ、そんな単純なことではないことを。

「愛しているわ、桐生」

 下衆びた街のネオンは私の庭。美しいと感じていた頃も、確かにあった。けれど今は違う。

 この男の危険な瞳ほど美しいものを私は知らない。

「……俺も愛してる」

 聞こえてくる真摯な声。窓ガラスに映った桐生の顔は、醜く歪んだ満面の笑み。

 私がどれほどあなたを愛しているか、あなたはきっと知りきれていない。

 今更、他の男になど抱かれたくはないのよ。

 あなた意外に。

「永遠に、愛しているわ」

 振り向き様、拳銃の引き金を引いた。

 あぁ、思ったより軽いのね。

 以前撃った時と、決定的に何かが違った。

 重さ? 種類? それとも撃つ対象かしら、撃つ対象に対する私の想いの差?

 驚愕に目を見開いた桐生の頭が、赤く血に染まった。

「……愛しているわ、殺したいほど…。そう言ったはずよ」

 ベッドに歩み寄り、覗きこんだ桐生の、瞳。あの光がなければただの男でしかないのね。それでも、愛していたわ。

 まだ温かい桐生の唇にそっと唇を重ね、その瞳を閉じさせた。その瞼にも、キス。

 その手にそっと拳銃を握らせて、私の頭を狙わせた。

 素敵ね。

 発見される時はきっと二人で重なり合うように倒れているわ。

 愛し合った二人が心中したように、見えるわ。

 素敵。

 あなたと私のいなくなった世界で、私たちきっと愛し合っているのね。

 きっと、あなた愛してくれるのね。

 私も愛しているわ。




 永遠に、愛して、いる、わ。







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『空の旅人』あやせ様から3333hitsのキリリク権を譲渡して頂き、棚ぼた的に貰ってしまいました。  
 リクエストのお題は『撃つと命ずる者を撃つ』。  
 おおそこの世で生きていく上でもどかしくも面白いのは一人一人の感受性が異なる事ですね。  
 私がイメージしていた像とは異なりましたが、素晴らしい作品である事に違いはありません!!。  
 ありがとうございました〜。




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