偽善者




「そうして独りでいると、ホントにひとりぼっちになっちゃうよ」

 何かと五月蠅いこの女は、屋上でふかしていた俺の煙草を取り上げた。

 セーラー服の赤いリボンが風に靡き、月子の髪が陽を受け光る。

 けれど俺には関係ない。気怠くもう一本、煙草を取り出し銜えるだけ。

「だから、縁弥。そうやって悪ぶって、みんなから孤立して、どうしたいわけ?」

 どうしたい?どうしたいって?同じ質問を返してやりたい。お前は俺にそんなに構って、一体どうしたいっていうんだ。

 たかが、幼なじみだろう。構わないでくれればいい。

 ほんと、構わないでくれよ。


 人は随分と呆気なく死ぬ生き物で、親は先週帰らぬ人になった。

 泣く間もなく淡々と葬式を終えると、胸に開いた虚に鉛色の陰気が詰まってきた。

 俺は、兎に角もう、全てがどうでもよくなっていた。

 ただ餓鬼なだけかも知れない。親を亡くして、今まで先は見えなくてもきっと真っ直ぐだったはずの道が入り組んで、細くなって、枯れて、暗くなったら、俺はもう、歩けないんだ。

 こうしてする事もなく、ただ早く時間が過ぎる事ばかりを望みながら、ぼんやり空を眺めるしかない。

 なのに。月子は俺につきまとう。


「ねぇ、最近ちゃんと食べてる?顔色悪いよ?お母さんがさ、いつでもご飯食べに来なって言ってるから」

 確かに最近まともに食事をしていない。それでもいい。特に何の欲求も無いんだ、もちろん食欲も。

 俺はただ、静かに何もなく、無為に時間を貪っていたいだけ。それしか出来ないのだから。だから。

 もう何も言わないでくれ、月子。なぁ。

「ねぇ、聞いてる?」

「うるさいよ」

 不意に口をついた言葉は、久しく忘れていた感情というものが隠っていた。

 不快感。それが露わになった一言。鈍い光を放つ言葉の刃。俺は今、近寄るものを無視する物言わぬ柱か、全てを傷付けるナイフにしかなれない。

 何もしたくないから、極力後者になんてなりたくない。黙してただそこにあるだけでいいというのに。

「うるさいよ偽善者」

 なのに言葉は刃となる。胸の虚が蠢き滾る。灰色が黒く染まり、明確な憎悪が腸を煮えかえらせる。

 俺の言葉は、確かな怒気を含んで発せられた。

「………なんでそんなこと言うわけ?」

 月子は唇を噛み、絞り出すようにして言った。

 反論は意外で、その分不快であった。俺はこんなにも静かにしていたいというのに、お前は俺を揺るがすのか?

 堰を切って流れ出る沈んだ激情。うねり、荒波となって身体の芯から頭へ、そして喉へと迫り上がる。

 言ってやる。

「哀れな奴に構ってる、哀れな俺に同情してる自分に酔ってるんだろう?それを偽善と言わずになんて言うのさ」

 頭の奥で鳴り響く警報。赤く点滅するランプ。理性の枷を外し、最も原始的で暴力的な脳が回転する。身体が熱い。そして溢れかえる憎悪、憎悪、憎悪。

「お前はそれでいいだろうさ。でも、俺には重荷なんだよ。同情なんてウンザリだ、俺は哀れじゃない、可哀想じゃない、そんな目で見るな、腹が立つ」

 罵声が吐き出されれば吐き出されるほど、迫り上がってくる熱の奔流。目頭が熱い。何故?そんなことはどうでもいい、悪態をつけ、奴を排除しろ、俺に触れさせるな。

 踏み込ませるな。

「俺はっ…………」

 言葉が詰まる。

 月子は目から涙を零していた。そして、俺の目からも、涙が雫になっていた。

「優しさと、同情の区別もつかないの?」

 
 言葉は途切れた。熱は引いた。憎悪は風化し、一陣の風が吹く。

「つかないよ………つけられない…………」

 善も偽善も、区別は俺につけられない。そう気付いて、俺は、泣いた。


「世界は悪意で満ちているよ。でも………」

 優しさだって、必ずある。







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 キリリクSS“偽善者”。  
 善悪を考えると必ず顔を出すコイツ。  
 でもきっと、要は受け手の気持ち次第なのかも知れませんね。  
 ではでは、勿論返品可ですのでお気に召さなければご一報を。





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