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鉄輪の井戸




“鉄輪の三の足に火を灯し 顔には丹を塗り身には赤き衣をまとい 怒る心を維持すれば 女の望みは叶えられるべし” 



恨みの果てに鬼になり、夫を呪った女の怨。 

愛人の出来た夫を呪う。 

頭に逆さに戴いた鉄輪に三本の松明を灯し、毎夜貴船の森で藁人形を打ち付ける。 

しかし高名なる陰陽師、安倍晴明によって呪いは返され、女は哀れ井戸のほとりで息絶えた。 



有名な謡曲、『鉄輪の井戸』の話。 

そして、私はその井戸の前にいる。 

祟りをなくすため、井戸の側に鉄輪を埋めて供養したそうだ。 

その悲しい呪いの果てか、その井戸には逸話がある。 

この井戸の水を目指す相手に飲ませると、後腐れなく縁が切れる、と。 

井戸はとうに枯れ果てているけれど、持参した水を供えれば効力があるらしい。 

私は静かに、持って来た水を静かに供える。 

そして願った。 

あの人と、未来永劫、二度と顔を合わせることの無いように。 

昼なお暗い路地の奥、風は何処か湿っていて心地悪い。 

静かに水を持ち上げて、私は京の空を仰ぐ。 

一点も曇りのない空は、まるで今の私のよう。 

もう迷いなどない。 

私から全てを奪った男。 

想いも、身体も、何もかも。 

許しておけようか、捨てておけようか。 

この恨み、晴らさでおくべきか。 

 

否、断じて否。 

同じ苦しみを、厭。 

それ以上の苦しみを。 

貴方にあげよう。 

帰ったら、この水を飲ますの。 

白い粉薬を混ぜて。 

さようなら、二度と会うことは無いでしょう。 



鉄輪の井戸よ、私の呪いに力を貸して。 

憎い気持ちは解るでしょう?  





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キリリクSS“井戸”をテーマに。 
ちょっとホラー路線ということで、 
謡曲『鉄輪』をモチーフに。 
本当に京都に残ってるんですよねコレ。 
返品可ですので、お気に召さなければご一報を。


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