錆び付いた戸は軋むような音を立てて、ゆっくりと開いた。
まだ寒い風が開いた戸の向こうから音もなく流れてくる。
少し伸びた髪を揺らせた。
コンクリートに音を響かせるように、大股で歩く。
手摺りの向こうには、見慣れた街。
見上げれば、何処までも高い空がそこにあった。
屋上に上がるのがこのところの日課だ。 二、三歩歩を進め、手摺りに手を伸ばす。
蓋の開けられていない缶ジュースと、まだ鮮やかさを保つ花が、足下にあった。
彼女が空を舞った証。
俺はそれを保ち続けることを自らの義務とした。
来る途中に買ってきた、一輪の薔薇をそっと添える。
『その先は自由よ。引力すらない。』
彼女の言ったことは、真実だったのだろうか?
今はもう、それを知ることは出来ない。
『歯車になりたくない。どうせなら、流れになりたい。』
世界を動かすのは、世界自身の意思。
それが彼女の持論だった。
その大いなる意思に近付くのに、肉体は邪魔だとも言っていた。
だから彼女は、俺の前で飛んだのだろうか。
優雅に、彼女は俺に微笑みかけて落ちていった。
『先に行くね。』
一陣の風が吹いた。薔薇を宙に浮かせる。
俺は彼女に習い、手摺りの上に昇る。
バランスの悪いそこで、身体いっぱいに風を浴びた。
薔薇はもう、きっと彼女の元へ行ったろう。
ゆっくりと、俺の身体は倒れて行く。
目の前には、だだっ広い空が見えた。
背中に感じる、コンクリートの冷たさ。
腰が痛い。
打ち所が悪かった。
俺の身体は前からの風で、結局屋上に押し戻された。
痛む腰に顔を歪めても、空の青さは変わりはしなかった。
明日もまた来よう、そんなことを思った。
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キリリクSS“世界と自分”。
世界の定義って難しいですね。
地球全体なのか、それとも身の回りなのか。
広くて狭いのが世界ですよね。
返品可です。